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井川りかこと僕、その結末

 僕が井川りかこのいるファミレスに到着したのはちょうど12:00、店内はほどよい込み合いを見せておりBGMに浜田省吾が流れていた。入口付近の席に座るアフロの外国人がそれを聴いて、「ショーゴハマーダ? コレ、ショーゴハマーダ?」と店員に尋ねていた。正解である。

 僕は店員に待ち人がいることを伝えると赤い洗面器を頭に乗せているはずの井川りかこを探した。それが約束の目印だったのである。グルリと店内を見回すと、瞬時に井川りかこは見付かった。それもそのはず、赤い洗面器を頭に乗せた井川りかこなどめったにいないばかりか、およそ世界にひとりしかいないはずだったからである。

 しかし、その席にはふたりの人間が座っていた。

「お前は誰だ」
「なにを隠そう、わたしも井川です」

 僕が井川りかこの横に座る男に尋ねると、その男は僕にそう言い返したのだった。井川りかこの横の井川……貴様、夫だな! 隠しもせずに井川と名乗るとはいい度胸をしている。しかし、どうしてお前が今日、その井川りかこの横の位置に座っているのかと!

「どうして貴様がいる、不倫阪神」
「それはわたしのことですか?」
「お前のほかに誰がいる、松尾判内」

 似ていたのである。

「まあ、座って下さい」

 そういって井川は僕を対面の席に誘導した。僕は席に座ると井川りかこをちらと見た。ショック! 怯えている。伏目がちの目、不安そうな表情……身体が縮こまっていて、弱々しい……多分、井川りかこは脅されているのだ! 井川の夫の井川、許すまじ。

「早速ですが、これはどういうことですか」

 そう言って井川は妙な用紙をテーブルの上に数枚置いた。僕はうすうす気付いていた。予想通り、それは僕と井川りかことのメールのやり取りを印刷したものだった。妻の私的領域にずかずかと入り込むとは……駄目だ! これは駄目な井川だ! そういう井川も世のなかにはいる!

 僕は早々に見切りを付け、物静かに興奮した。

「井川りかこ……」

 僕が声をかけると井川りかこはビクと身を振るわせた。

「妻と関わるのはもう止めて下さい」

 とかなんとか、井川がなにかわけのわからないことをごちゃごちゃと喋っているのだが、しかし、僕にはもうなにも届かない。井川の声は届かない、ここにいるのは声の届かない井川だ。そういう井川も世のなかにはいる。井川、許すまじ。やる、僕はやる。いや、むしろ、僕がやらねばならない。

「井川りかこ……僕が救おうじゃないか、君を救おうじゃないか!」

 僕はそう言うと、目の前にあったアッツアツの珈琲を井川の顔にぶちまけ、うぎゃーとかなんとか井川が喚いているなか、勢いのままに立ち上がり、井川りかこの頭の上の赤い洗面器を奪い取ってアッツアツの井川に殴りかかった。二発、三発、ボコン、ボコンと柔らかい音がする。とっさに僕は赤い洗面器を裏返し、持つところのちょっと硬いところで井川を殴った。

「痛い、洗面器、痛い!」
「殺す、井川殺す、井川!」

 僕は赤い洗面器で井川を殴りつけながら店内で絶叫した。浜田省吾とのコラボレーション。店内の人々の視界がスローモーションになる。そして、店内はケーキとホール・パイが飛び交う大騒ぎになったのだった。そんななか、井川りかこは恍惚の表情で僕を見詰め、身体を捩じらせて感じていたのである。いいぞ、井川りかこ、君はいま、この瞬間、僕によって解放されたのだ。

 そして僕は、連絡を受けて駆けつけた警官に捕縛された。しかし、僕は後悔していない。事情聴取でわけのわからないことを馬鹿な刑事や無能な弁護士に問われるのはやや面倒だけれども、それもまあ、良い。そうこうしているうちに、井川りかこが僕のもとを尋ねて来るのだから。

 僕は井川りかこのヒーローなのだから、そのようになることは当然であろう。
by kourick | 2005-05-30 00:00