ここ掘れワンワン! 昔の犬はそういう風に鳴いたと聞いています。そうやって犬に言われたところを掘ってみたら、大判小判がザックザクに発見されたりもしたそうですから、やはり犬というのは大したものだなと思います。いいところを突いてきますね、やはり。大判だけだと危ない金かとちょっと引いちゃうし、小判だけだとちょっと物足りない、そんな合わせ技の大判小判なわけです。

まあ、そういう人間と縁の深い犬なわけですが、「ここ掘れ」を言ったなら、やはり「ワンワン」は要らないんじゃないかと僕は思うんです。いや、それを言ったら「大判小判」に「ザックザク」っていう擬音もどうなの?とか言われちゃいそうですが、これは「掘る」と掛かってますからね。土を掘るザックザクと大判小判のザックザク、今日はあっちのほうもザックザクかな!みたいな。

そういう、土を掘る倦怠感、そして大判小判の躍動感、そのあとの胸中の動揺と不安、さらに期待、それらをザックザクで表現しているのですから、これはむしろ見事な擬音でしょう。大判小判がザックザク? お、大判小判がザックザク!! おぉお、大判と小判が……ザックザクゥウウ! うっはー!! こういうノリ。

まあ、それはさておき、「ここ掘れワンワン」です。「ここ掘れ」を言ったなら、絶対に「ワンワン」は要らないはずなんです。「ここ掘れ」で通じなければ、もっと大きな声で「ここ掘れ!」と言ったら済む話であって、「ワンワン」は要りません。ただ、「ここ掘れ」「ここ掘れ」言われると、お前に犬としての自覚はあるのかと問い質しそうにはなるかもしれません。

だからそう、まあ、なにやかにやいっても犬ですから、もしかしたら、ワンワンなしにはなにも言うことはできない!というようなことはあるかもしれません。「ここ掘れ」を言ったら、自動的に「ワンワン」も言っちゃう、悔しいけど言っちゃう!みたいなことはあるのかもしれません。犬というのはそういう生き物だと聞いたこともあるようなないような気もします。

ただ、それなら、「ワンワン」を言ってから「ここ掘れ」じゃないの?と僕は思うわけです。そこはワンワン挟みでしょうよと。わたし犬ですけど、ちょっとここ掘ってみたらどう?的な、わたし犬ですけど、犬ですけどなにか?的なものが先でしょうと思うわけです。よっしゃ、ちょっと犬であることを主張しといたろ!みたいなものを、むしろ、先に表明してほしいわけです。

すなわち、「ここ掘れ」か「ワンワン、ここ掘れワンワン」の、どっちかじゃないとおかしいだろうと僕は思うわけですね。ただ、現実には「ここ掘れワンワン」と鳴いていたわけですから、これは明らかに犬が犬であることを忘れていたということです。ワンワンなしでもオッケーだと考えているわけですから。にもかかわらず、語尾のワンワンは言ってしまう。ここにアンビバレントがあります。

近頃、人間とは仲良いし、最初のワンワンはもう要らないなと思いつつも、結局のところ犬ですから、最後のワンワンは言ってしまう。犬であるにもかかわらず、犬であることを忘れかけているようなときに、こういうことは起こるのでしょう。そしていま、犬はワンワンと鳴きます。もう、人語を話す必要はないと判断したのでしょう。犬語だけでオッケー! それが、犬!
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by kourick | 2009-01-21 00:00 | 日記