僕には悪い癖があって、それに悩まされていないと言うことはできないわけではない。だから、実のところ、それは悪い癖ではないし、僕に悪い癖などないのである。したがって、もちろん、悩まされてもいない。いや、待て。すると、僕はいきなり嘘を吐いたということになるのか。僕は久々の日記の一行目から嘘を書き、二行目にそれを訂正した嘘吐きなのであると全世界に発信している人間なのか。そうなのである。

いや、しかし、さらに待て。もし僕が久々の日記の一行目で嘘を書いてしまうような人間で、なまじ素直なものだから、それを二行目から訂正してしまうような嘘吐きの風上にもおけないような嘘吐きなのなら、「それに悩まされていないと言うことはできないわけでもない」ということも嘘なのではないか。本当は悪い癖があって、それに悩まされている神経質な嘘吐きなのではないか。だとすると、ことは深刻であるに違いない。

僕は一行目で嘘を吐いて、二行目でそれを訂正したのだが、三行目でその訂正も嘘だったと暴露した嘘吐きということなのだ。どれだけ正直にしていたら、このように立派な嘘吐きになれるのかと人々は疑問に思うかもしれない。そういう単純なことも正直者たちはわからないということなのだ。だから、僕は言うのである。君たちが一歩で進むところを、僕は二歩かけて進む。そういう人間には暇な時間も多いのだ。

こうして、僕は夜風にあたりながら、どうして「僕を悩まさない癖は悪い癖ではない」と言うことができるのかを熟慮するのである。嘘吐きはそういうことに気付いてしまうものだ。そして、次の瞬間に思う。僕を悩まさない癖は悪い癖ではない、それでいこう。こうして問題は解決される。もし僕が本物の嘘吐きだったらそんなことはできないかもしれない。しかし、素直な嘘吐きは自分が本物の嘘吐きかどうかは気にしないのだ。そういうことは正直者のすることだからである。
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by kourick | 2008-04-30 00:00 | 随想