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夜な夜なペペサーレ。ファミレスで飲む珈琲は不思議な微妙さがあってわりと好きだ。

最近の偏頭痛と眼精疲労の悪化はカフェインの影響もあるのか。ここのところ、頭の上に二羽の鳩が三羽いて驚いている。鶏のせいではないのか。鳩がいない、鳩がいない、どこにいったのだ。
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by kourick | 2006-03-29 00:00 | 画像
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「なにか欲しいものある?」と友人が言うので、「ポーション」と応じたところ、「選べるお茶」と言って友人はお茶を三本買ってきた。

よくわからないが黒麦茶を飲む。黒い麦茶なのか、黒麦のお茶なのかと思って、しっかりラヴェルを確かめると黒豆入りの麦茶だった。

黒豆マニアにはたまらない一品に違いない。
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by kourick | 2006-03-26 00:00 | 画像
c0157225_12315057.jpg暴風雪、これだけ明るいのに先が見えない。
なんて暗示的な風景なんだ、絶望した!
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by kourick | 2006-03-23 00:00 | 画像
 しっかりとした食事は1日1回、おおむね20時頃にする。少ないと思われるかもしれないけれど間食を1日に何回かするし、ときおり外食もしているので全体としては少し食べすぎかもしれない。いずれにしても、典型的な生活をしているとどうも不健康になる。

 食事後は二時間ほど寝る。どうしたって、眠い。どうも人間の血液量は慢性的に不足しているらしく、摂取したものを消化吸収するために胃腸に血液が集まると脳の血流量が減り眠くなるそうだ。きちんと確認したわけではないけれど、筋は通っているように思う。

 デフォルトの絶対量に対して「慢性的に不足している」というのもおかしな話だし、脳内の血液量が不足すると眠気に襲われるというのもどうかと思うけれど、そんなこともあるのかもしれない。いずれにせよ、眠い、眠いのだ。お腹が一杯になると眠いのだ。だから、寝るのである。

 そういえば、血糖値を上げるホルモンは数種類あるのに、血糖値を下げるホルモンはインシュリンしかないことから、昔の人(具体的にどの人なのかはわからない)たちは慢性的に食物不足だったのだろうというまことしやかな話も聞いたことがある。ホントですか?
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by kourick | 2006-03-22 00:00 | 考察
c0157225_12273498.jpg二ヶ月ほど前からお好み焼きとランデヴしたかった。

これほどグロテスクな風貌をしているのに美味い、なんなんだこれは!(お好み焼きです)
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by kourick | 2006-03-20 00:00 | 画像
「ニワトリがさきかタマゴがさきか」という題名で「美味しい親子丼の作り方」がレクチャされていたらなかなか洒落ていると思うのだけれど、このテキストはそれとはあまり関係がない。

ニワトリはタマゴを産むけど、そのニワトリもタマゴから生まれてきたんだよね。だったら、ニワトリよりもさきにタマゴがないと駄目なはずだけど、でも、そのタマゴはニワトリが産むわけで……うーん、ということは、ニワトリとタマゴはどっちがさきにあったの?というあの話をしようと思う。

というわけで、「ニワトリがさきかタマゴがさきか」と問われたら、それは「タマゴがさき」に決まっている。鳥類以前にも卵生の生物はいるからである。ニワトリがさきか「ニワトリが生まれてくるタマゴ」がさきかと問われたら、それは「タマゴがさき」だし、ニワトリがさきか「ニワトリが産むタマゴ」がさきかと問われたら、これは「ニワトリがさき」になる。それで結局、どっちがさきなのよっていうことになると、そりゃまあ、タマゴがさきだろう。定義的には同時かな。

慣用句にここまで真剣になるのもどうかと思うけれど、問われていることをはっきりさせると問題は解消する。この問題を定義の問題と考えるなら、この場合は「定義が循環しているようで、実のところ、していない」ということがわかる。定義の循環というのは「定義しようとするところのものによって定義されている」こと。

例を挙げると、「快とはわたしたちの感性の向かうところのものであり、わたしたちの感性の向かうところのものは快である」とか、「右とは左の反対であり、左とは右の反対である」といった定義がありうる。左右の例はわかりやすいと思う。こういうことになっていると、互いが互いを定義しあっているので、一見したところ駄目みたいな感じがする。しない?

ただ、こうしたことが、証明における「論点先取」や「無限後退」ほど致命的なことかというと、必ずしもそういうわけではない。ある場合においては、少なくとも作業仮説としては有益なこともあるだろうし、別に定義が循環していたっていっこうに構わないということだってありうる。だからといっても、もちろん、こりゃ駄目な定義だという場合も多いから侮ってはいけない。油断禁物なのだ。
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by kourick | 2006-03-18 00:00 | 言葉
フレーゲの「概念記法」も気になる訳語です。原題はドイツ語の「Begriffsschrift」で、英訳は「Conceptual Notation」になります。和訳は後者に近いでしょう。原題を直訳すると「概念文字」となります。どうも体系的なものを感じさせないところがあるけれども、こちらを頑なに使い続けている人もいるみたい。

「私はゲンツェン流の証明図しか描きませんよ」というようなこだわりを感じさせます。「ミンティアは邪道、やはりフリスクですね」みたいな感じだろうか。「諸星大二郎と星野之宣が好きですが、近頃のものだと五十嵐大介なんか良いですね」と言いつつ、実は「ああっ女神さまっ!」のファンで「やはり藤島康介は良い仕事をする」と画集を眺めたりするのです。最近観たアニメは「かみちゅ!」で、DVD は全巻購入したに違いない。
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by kourick | 2006-03-17 00:00 | ○学
「記号言語」という言葉が不可解だという話をしたけれど、ウィトゲンシュタインの著書『論理哲学論考』も十分に不可解な書名だ。初めて手に取ったとき、「論理哲学とはいったい?」と思ったのを記憶している。

原題は「Tractatus Logico-Philosophicus」というラテン語で、スピノザの「神学政治論(Tractatus Theologico-Politicus)」のパロディ。当時のケンブリッジでこういうのが流行っていたのか、同僚のムーアが付けた書名です。これも懐古趣味というだろうか。

ちなみに中身はドイツ語で書かれています。ひとつひとつの文章が非常に短いのでドイツ語の勉強にはもってこいの哲学書であるけれど、ドイツ語の勉強がしたいならなにも哲学書を使うこともないのではないかと僕は思う。
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by kourick | 2006-03-16 00:00 | ○学
c0157225_1732741.jpg先日ジャラムが入った自販機にガラムを買いにいったら今度は「PALL MALL」が三種類入っていました。あの店の店主はいったい何者なのだろう。前から思ってはいたのだけれどちょっと本当に気になってきた。

ところでペルメル、やや姿形は違えど次元の煙草です。あとは「新生」を入れて銭型のとっつぁんをカヴァすれば晴れてルパン三世勢揃い。本当に起こり得るからちょっと楽しみ。ジタンやゴロワなんかは昔っからデフォルトで入っていたし。

画像のものはノーマルのペルメル(一般的には「ポールモール」と読むと思う)です。20本250円。タール12ミリ、ニコチン1.0ミリ。メンソールとライトが売り切れていてこの種類しか残っていませんでした。期せずしてマイノリティになってしまうのはありがたいけれど少し不思議でもある。

注意書きは「脳卒中で死亡する危険性が1.7倍になる」というもの。「心筋梗塞」も1.7倍だった気がするがちゃんとしたデータなのだろうか。あとで確かめてみよう。裏では「ニコチン依存」を警告。いずれも日本語。どうやら輸入を再開したみたい、他の種類も探せばあるかもしれない。
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by kourick | 2006-03-16 00:00 | 画像
 『記号論理学』 という書籍を持っているけれど、これはやはりちょっと奇妙なタイトルである。そのなかにある「記号言語」という言葉にしてもそうだけれど、およそ「記号」を用いずに表記される言語などないのではないか(ここでの「記号」は「symbol」といったところか)。

 たしかにフレーゲ以後の論理学を指して「記号論理学」や「数理論理学」を使うのはわかるが、それなら「現代論理学」で良いのではないか。しかし、いつまでたっても 『現代論理学』 が売られていてもわけがわからないかもしれない。「ケンちゃんラーメン新発売」みたいなものだ。

 ちなみに、ちょっと仰々しいぐらいが学問的には可愛い。近寄るとツンツンしているのに離れると少し寂しそうにこっちを見ている。そういったわけで人はその内側に愛らしい、美しい部分があることを一度でも予感してしまうとなかなかそこから目を逸らすことができない。

 これは、その逆もまた成り立つのではないかと思う。たとえばマルキ・ド・サドの小説はモラルの欠如を指摘されるが、あれはモラルがないわけではない。提示されているのはまさに不道徳な行いであり「immoral」ではあるが「unmoral」ではない。

 価値の逆転を生じさせるためには、価値の基準自体は用意されていなければならない。つまり、典型的な「美しさ」や「道徳」といったものが負の方向に反転しているだけである。そしてやはり、人はそういうところからもなかなか目を逸らせない。
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by kourick | 2006-03-15 00:00 | ○学