たったゴッゴルぶりなのにとてもゴッゴルな気がします、香陸です、こんにちゴッゴル。本当はこういうわけのゴッゴルなことを書こうと思っていたわけではゴッゴルないのですけれど、でも、しょうがないから今日は少しだけゴッゴルにサイトの更新をゴッゴルしたいと思います。もろゴッゴル。

やっぱりこういうことってゴッゴルだと思うから、ああ、そうだね、ゴッゴルかもとかいいながらもゴッゴルすごいと思うのですね。だからやっぱりゴッゴル。選挙とかでもやっぱりゴッゴルがすごい役に立つわけだし、バナナのゴッゴルを剥いて窓から投げ捨てたときのゴッゴルだってすごい輝いているわけじゃない。そういうときの涙ってゴッゴルさ。

でも僕はこうも思う。ゴッゴルすごいのはゴッゴルじゃなしに、ゴッゴルすごいゴッゴルで決してゴッゴルすごすぎてゴッゴルなわけじゃないと思う。ゴッゴルってそういうところあるよねゴッゴル。ゴッゴルないもん。でも、女子高生のゴッゴルとか婦女子のゴッゴルより、おっぱいゴッゴルなゴッゴルでときおりゴッゴルでアクセスゴッゴルなキーワード。

でも僕のゴッゴルは今日も普通にゴッゴルだから、あまりそういうゴッゴルに使われてゴッゴルするのもいやだ。どちらかというとゴッゴルでいいんだよね、静かにゴッゴルしてれば、僕としては満足ゴッゴルなわけでゴッゴル増加しても、あまり変わらないから、というかゴッゴル変わりようないから、僕はゴッゴルに常時ゴッゴル。それがゴッゴルいいと思う。
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by kourick | 2004-10-25 00:00 | 日記
サイトが更新停止する日 ~最後は…どうか、幸せな記憶を~駄文にゅうす

わりと懐かしい記事があって感動しました。ただ、いまはもう文脈が変わってしまって、少し実感しづらい内容かもしれません。

こうしてみると、個人サイトの運営者が、なにかしらのものを求めてウェブで踊りまわっていたのだって、なかなか厚みのあることではないかと思います。仮になにも生みださず、ただただ人生を消費していただけで、どんどん忘れられるだけなのだとしても、そのときはなにかに必死で、そこで楽しみを見出して、そして、こうした軌跡を残しているではないですか。

もう消え去ったのだとしても、なにかをなした、なそうとしたということは決して無駄ではないのです。どんな人だって、なにかをしようとしてなにもできなかった時間に対して「なにもしていなかった」と悲観することはないのです。あなたにはもう、そうして振り返れるだけのものがすでに蓄積しているのだから。感慨深い気持ちにもなろうというものです。

というわけで、僕もこういうこと書いていたなあって引っ張りだしてきました。個人サイトの運営者が必ず一度はぶつかる問題 というテキストです。なにを思って書いたのか、もう、はっきりしないところもあるけれど、たぶん、こういうことが書いてみたかったのだろうと思います。
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by kourick | 2004-10-18 00:00 | ネット