俺が「大事なもの」を手に入れようと思いだしたのは、それほど昔の話じゃない。

「すいません、大事なもの、売ってますか?」
「売ってません」
「そうですか……」

 ここにもなかった。

 大概の店には置いてない。
 そんなことは知っている、近所の店はすべて周った。
 なかった。下手をすると、そんなものないのかもしれないとも思った。

 だけど、そんなとき、俺の爺さんは言ったね。

「じじい、俺は大事なものが欲しい」
「ほう」
「どこにある」
「ある、それはそこにある……」
「ど、どこだよ、そこは、どこなんだよ!」

「店だ」

「やっぱ、店か」
「売っている」
「買えんのか?」

 爺さんは悠長に首を振った。

「安い」
「まじかよっ!」

 爺さんは本気だった。そして、こう、付け加えたんだ。

「100個は買ったね」

 俺は旅に出ることにした。
 近所の店では売っていない、それだけは確かだった。

 北へ。
 北へ。
 北へ。

 南に行きたくなることだってあった。
 そんなときに、俺は迷わず滝へ行った。

 滝へ。
 滝へ。
 滝へ。

 そして、北へ……。
 どこに向かっているのかはわからなかった。
 ただ、北へ向かっていることだけは確かだった。

 そして、到着したのは一軒の北の店。
 店名「北」。
 ここだ! 間違いねぇ!

 そう思った。

 ついに俺は「北」に来た。
 南に行かなくて良かったと思った。

「すいません、大事なもの置いてますか?」
「ああ、老いてるよ」

 そう言って、店主は俺の前に鏡を突き出した。
 俺は老いていた。

「鬱だ、死のう……」
「生きろ」

 俺はその鏡を100枚買って帰ってきた。

 いま、爺さんの部屋には200枚の鏡が並んでいる。
 邪魔だ。
 ただひとつ言えることは、爺さんは既に大事なものを手に入れていた。

 それだけは確かだ。
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 リデルはいまのいままで黙ってたけどね、もう、これは我慢できないと思って「あーあ」と大きな欠伸をしたんだ。だってね、兄さんの後ろで座ってたってなんにも起こりやしないんだもの。しまいにはリデルが怒っちゃったってわけなのさ。兄さんはゲームに夢中でね。リデルのことなんかてんでお構いなしで、向こうを向きっぱなしなのさ。

 リデルは最初こそ兄さんのやっているゲームに参加しようと思ったんだよ。けどね、それがさっぱりなのさ。ルールもわからなければ、そもそも兄さんがなにをやってるのかさえわかんないんだ。これには驚いたね。だけどね、ゲームをしてるんだ。リデルは賢かったからね、兄さんがなにをしているのかなんてことはさっぱりわからなかったけれど、ゲームをしてるんだってことは知ってたのさ。

 それで兄さんの背中をじっと観察してたんだ。なにかわかるかな? なにか起こるかな? と思ってね。ずーっと、ずーっと待ってたんだけど、さっぱりなにも起きやしない。兄さんの背中は寝っぱなしだし、兄さんの頭も寝っぱなし。時折、ぐーぐー、いびきが聞こえてくるんだ。むにゃむにゃとか言っちゃってね。それでも、リデルは黙ってみてたんだ。

 そしたらさ、急に兄さんの頭が目を覚ましてね、リデルを見ると、ぷいっとすぐさまどこかにいっちゃった。リデルの面白くなさそうなぶすっとした表情が堪らなくなったんだね。そうこうしているうちにさ、今度は兄さんがゲームに飽きちゃってね、ぷいっとどこかにいっちゃった。最後に残ったのは兄さんの背中だけ。「むにゃむにゃ」とか言っちゃってさ、「ぐーぐー」いびきを立てて寝ているのさ。リデルはそれでも見てたんだよ。だけど、とうとう、駄目ってわけ。

 そこでリデルは「あーあ」と欠伸をしたってわけさ。結局、兄さんがしていたゲームはわかんなかったけど、「ま、いいや」とリデルは思ったね。どうしてかって言うとね、リデルは兄さんのやっているそのゲームは、わかんないゲームだったんだって思うことにしたのさ。そう考えたときにリデルは「これはいい」と思ってぽんと両手を叩いたね。だって、こんなにいい解決方法ってなかなかないだろう?

 だけどさ、「そんな風に考えると……」とリデルは首をひねったんだ。だってそうだろう? 兄さんのやってたのはわかんないゲームだったんだって考えるとね、リデルはすっかり、まるっきり兄さんのやっていたゲームをわかっちゃったのさ。そしたらさ、もう、そんなのわかんないゲームじゃないじゃない。

 「うーん……」とリデルは頭をひねったね。ひねりすぎたもんだから、首までひねっちゃったくらいなのさ。そして、やっぱりまた、「ぽんっ」と両手を叩いたんだ。いい案が浮かんだんだね。リデルはね、そしたらこう考えるしかないと思ったんだ。

「私は兄さんがやっていたゲームはわかんないゲームじゃなかったってことをわかったんだわ。だって、そうじゃなかったらおかしいもの」

 そこまで考えたとき、リデルは両肩をひねり終わって、腰をひねり出してたんだ。「これは危ないところだったわ」と思ってリデルは胸を撫で下ろしたよ。だって、それ以上考えてると、脚がひねりだしちゃうだろう。そしたら今度は足首がひねっちゃう。最後の最後には、ほら、地面がひねっちゃう。そしたら、もう、おしまいさ。地面がどんどん、どんどん、ひねっていっちゃうんだから、リデルはどんどん、どんどん、逆向きにひねりかえしてやんなきゃならなくなる。それって、大変だろう?

 そしてね、リデルは「なんだか疲れたなぁ」なんて思いながら、「ふわぁーっ」てもう一回大っきな欠伸をしながら立ち上がったんだ。そしたらさ、「ぽんっ」と音がする。
「あれ、なんだろう?」
 だけど、リデルがあたりを見回しても誰もいないし、「ぽん」なんて音のしそうなものなんてなんにもない。だけど、どこかで聞いた音だなぁって思ってリデルは考えた。

「なんだろう?」

 リデルは疑問を言葉にしたんだ。そしたら、即座にわかったね。うーん、うーんと唸っていてもわからなかったけど、言葉にしてみたら、すぐにわかったんだ。それは、リデルの両手の音だったのさ。さっき、リデルは叩いただろう、両手を、「ぽん」て。その音がまだ近くにいたんだね。

「両手の音でしょう、あなた? もう、私はすっかりわかっているんですから」

 リデルがそう言うと、「ぽん、ぽん、ぽん、ぽん」って拍手するみたいに両手の音が鳴りだした。リデルの予想はご名答。両手の音がいたんだね。

「ちょっと、あなた、あなたは私の両手の音なのよ、勝手にいなくなられちゃ困っちゃう」

 リデルは両手で両手を何度も叩くんだけれど、何の音もしないのさ。そりゃあ、そうさ。だって、リデルの両手の音は既に外にでちゃっているんだもの。どんなに両手を叩いたって、両手の音はもうでてこないよね。

「もうー! どうすればいいの? 私、これじゃあ、ダイナのお誕生日がきたって拍手もしてあげることができいないわ……(ダイナってねこの名前さ)。
 あ、でも……別にいいかな? だって、ダイナって大っきな音を立てるとねずみみたいに逃げていっちゃうんですもの。ダイナがねずみだったらこんなこと言わなくてすんだのに、よりにもよってねこなんだもの! だから、うん。そうね、なんだか両手の音がいなくなっても、私、困らないかも!」

 なんてね、リデルはひとりでぶつぶつお喋りに夢中になってると(これって、リデルの癖なんだ。ひとりで自分と楽しくお喋りができるのさ。だけどさ、一緒に喋ってくれる相手がいるって幸せなことだよね。だからさ、リデルはときおり、本当に自分がいてくれて良かったと思うことがあるんだよね。だってさ、リデルひとりしかいないとき、自分とお喋りしていられるだろう?)、ぽんっ、て両手の音がリデルの気を引くみたいに鳴ったんだ。

「ふんだ、知らないんですから、あなたが勝手にいなくなったんですもの、私、しらない」

 と、リデルはぼんっとテーブルを右手で叩いたんだ。そうだよ、「ぼん」って。

「あれ?」

 リデルは咄嗟に首を捻っていたよ。急いで元に戻したけどね。
 そう、リデルも気付いたんだ。リデルは何回もテーブルを叩いたよ。
 すると、そのたびに、「ぼん、ぼん」って音がするのさ。

「あれれ、これはテーブルの音? だけど、半分は私の手なのよ……?」

 リデルは今度は左手で安楽椅子をこつんと叩く。

「うーん、これは木椅子の音なのかしら? だけど、半分は私の手なのよ……?」

 そうやってリデルが悩んでいるとね、またまた、リデルの気を引くみたいに「ぽん、ぽん」て両手の音が鳴るのさ。「うるさいなぁ」なんて思ってたけどね、何回かそれを聞いているうちにね、リデルは「ははーん」と思ったよ。そして、言葉にしてみたのさ。そうしたら、ぴかんと閃いた。

「そうか、これって、私の片手の音なのね!」

 ぼんっぼんっ、こつんこつん、ぼんっ、こつん、ぼんっ、こつこつこつこつ……。
 リデルはテーブルと安楽椅子を交互に叩いて音を出してみたんだ。最初はなんの音か確かめるつもりだったんだけどね、途中からはなんだか、音を出しているのが楽しくなっちゃって、気がつけばずいぶんとそうやって遊んでいたんだ。最後にはワルツのステップを踏んで踊りだしちゃいそうだった。

「あー、楽しい。音って素敵。だって、叩けばでてくるんですもの。埃みたい」

 こういうときって、リデルはほんとうに冴えているんだよね。またもや、ぴかんと閃いたのさ。

「あっ! じゃあじゃあ、私の右手で、私の左手を叩けばどうなるの?」

 もう、そりゃあ、口と身体が別々みたいな速さでね、リデルは右手でぱちぃんっと左手を叩いていたよ。そう、「ぱちぃん」ってさ。

「やっぱり! ほら、ほら……」

 そう言いながら、リデルはいろんな風に右手で左手を叩くのさ。そのたびに、「ぱちん」とか、「ぽんっ」とか、「ぺちっ」とか、「ぴちっ」とか、いろんな音が鳴るんだよね。途中からは左手で右手を叩いてみたんだけどね、そっちもやっぱり、大成功。「ぺちっ」とか、「ぱちっ」とか、「ぽふんっ」とか、いろんな音がでてくるのさ。

「あー、面白い! もう、すっかり、完全に両手の音なんていらないわ!」

 そう言いながら、リデルは右手と左手で同時に左手と右手をぱんっと鳴らしたんだ。そしたら、兄さんの背中が目を覚まして、さっさとどこかにいっちゃった。こうして、リデルはすっかりひとりぼっちになってしまったってわけさ。いつの間にやら、両手の音も聞こえてこない。聞こうと思って聞けるものじゃないんだよね。鳴ったときしか、両手の音は聞こえない。そんなのっていないのと変わらないじゃない。いないも同然。
 そう考えると、リデルは思わず頬を膨らませちゃった。

「もう、なんて、わがままな私の両手の音なんだろう。私からでたとは思えないわ」

 リデルはぐいーっと腕を伸ばして、もう一回、欠伸をする。

「あーあ、もう、おなかすいちゃった」

 そう言うと、リデルはキッチンに向かったんだ。確か、昨日食べたストロベリー・タルトとシナモン・パイ、それにハーブ・ティーがまだ残っていることを思い出したんだね。兄さんに食べられる前に食べなきゃと思って、大急ぎでキッチンに走っていったのさ。







 てところで、今回のお話はおしまい。
 え、だめだめ、お話の続きはまた今度。
 大丈夫だよ、お話の続きは逃げやしないよ。

 君が聴きたいって言ってくれたら、僕はいつでも話すんだから。

 なに、いま、聴きたい?
 うーん、困ったなぁ、嘘はつけないしなぁ。
 じゃあね、もう少しだけだよ、その後、リデルはね……、と、

 寝ちゃった?

 もう……。
 よし、じゃあ、続きはまた今度だ。
 もし、君が僕のことを覚えていてくれたら、だけど。

 それじゃあ、おやすみなさい。
 良い夜を、そして、良い夢を。
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