<   2003年 02月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 僕が一人で遊園地に遊びに行き、観覧車に乗った瞬間だった。

「…………」

 あからさまに片側のシートがおかしい。

(絶対、忍者だよ……)

 忍者が隠れている。
 わかる……わかるぞ……。
 薄いふろしきでその身を覆っているが、間違いない、膨らんでいる。

 シート前面が出っ張っている。

 忍者だ……忍者が隠れ身の術を使っている。
 なぜ、観覧車の中なんかで隠れみの術を……。
 いや、けれど、問題の本質はそんなところにはない。

(全っ然、隠れれてねえ……忍びれてねえ……)

 ばればれだ。
 決定的にそれが問題だ。
 いっそのこと、僕は気付きたくなかった。

 別に忍者が観覧車の中で隠れ身の術を使っていようが、ボルシチを食べていようが、僕に気付かないようにやっているのなら、なんの問題もない。むしろ、歓迎したい。なんぼでもやってもらいたい。僕は観覧車の中をプライベートな空間だなどさらさら思っていないのだから。

 あるいはそもそも忍者ではなし、僕が乗ったときに違う誰かが乗っていたとしても、まあ、文句の付けようのないところだ。ムツゴロウ王国に熊がいたって、誰も国王に歯向かうことはできないのだ。それと同じようなものだ。それに、僕はそんなことは全然気にならない。なんなら、窓の外に広がる雄大な景色に涙を流したっていい。いっそのこと号泣してやる。ごうごうと目から滝を作ってやる。

 それにしても、隠れ身の術が下手な忍者だ。
 それも、観覧車の中で隠れ身の術を使う忍者とは。
 たぶん、こいつはどうしようもない忍者に違いない。

 しかし、それでも忍者だ、侮るわけにはいかない。もしかするとものすごい忍術を繰り出すのかもしれないし、様々な種類の手裏剣が飛び出すのかもしれない。とりあえず忍者というだけで既に計り知れない。僕はこの忍者を「仙丸」と名付けることにした。そして、仙丸の隠れているシートとは逆側のシートに腰掛けた。

 観覧車のドアが男の係員によって閉められた。
 係員もどうやら仙丸に気付いていたようだったが、そのまま静かにドアを閉めた。
 後ろで茶髪の女の係員が笑っていた。
 僕を笑ったのだろうか、それとも仙丸を笑ったのか、あるいは両方か。

 その隣でもう一人の女の係員が「死ねばいい」と呟いた。
 僕に言ったのだろうか、仙丸に言ったのだろうか、あるいは両方か。
 仮に死ぬのだとしたら、僕、あるいは僕たちはいったいどんな死にかたをするのだろう。
 考えただけでも恐ろしい。

 下を見ると、どんどん人が集まってきている。
 蟻というよりもウィルスのようだ。集団の生命を感じる。増殖している。
 情報が伝播してわらわらと僕と仙丸の乗る観覧車を人々が見上げている。

 僕が手を振ったら、面白いようにみんながそっぽを向いた。
 集団が一瞬にして黒い塊になったのだ。
 瞬間に世界が静かになったような気すらした。

 一周して戻ってきたら、全員、殴ろう。

「ふう……」

 僕が顔を戻し、溜め息をついた瞬間だった。

「グゥー……グゥー……」

「?」

「グゥー……グゥー……」

「???」

「グゥー……グゥー……」

「…………」

「グゥー……グゥー……グゥー……グゥー……」


「グゥー……グゥー……グゥー……グゥー……グゥー……グゥー……」


(ね、寝てるー!)


 意外な展開だった。
 仙丸は寝ていた。まさか、寝ているとは思わなかった。
 いろいろ訊こうと思っていたことや、やろうと思っていたことがあったのに。

 こいつはただ、寝ているだけだ。

 ごろん。
 仙丸が寝返りを打った。
 同時にその身がふろしきからはみ出した。
 これはもう隠れ蓑というよりも、むしろ布団に近かった。

 とんだ忍者である。不届き千万だ。

 様子を確認すると、どうも寝ている振りをしているわけでもなさそうだ。
 僕はこの忍者をたたき起こして、忍者の何たるかを叩き込んでやろうかと思案した。
 全世界の少年少女たちの忍者像を壊すんじゃない。
 しかし、その時、

「むにゃむにゃむにゃむにゃ……お、おかあさん……」

「…………」

 駄目だ……僕に、この忍者を起こすことなど出来ない。

 不可能だ。
 絶対無理だ。
 完全無欠に無謀な所業だ。
 完璧に無駄で醜悪な行為だ。

 寝かしておこう。
 そっとしておこう。
 気付かない振りをしておこう。

 僕は外の景色を眺めながら、観覧車を一周した。僕は隠れ身の術を使って隠れているはずの忍者を気付かない振りをして観覧車を一周した。それは実に複雑な人生経験だった。

 係員が観覧車のドアを開ける。
 僕は颯爽と大地に降り立った。
 やり遂げた顔で、僕は脚を踏み出した。
 そして、係員に告げたのだった。

「すいません、仙丸を……」
「はい、かしこまりました」

 皆まで言わずに両者の意図は通じ合った。
 男性の係員が観覧車の中に入り、仙丸を起こす。
 ゆさゆさと揺さぶるが起きないので、ずるずると係員は仙丸を引きずり出した。
 観覧車は動いているので、あんまり、時間をかけると危ないからだ。
 それに他の客にも迷惑だ。

 僕は周りに集まる人々を殴って周ろうと思っていたが、それはやめた。
 仙丸と一緒に観覧車を一周ほど乗った後では、そんなことはできなかった。
 そんな、不道徳なことはできない。

 僕は後ろを振り向かずに人を掻き分け階段を降り、歩きだした。
 煙草を一本取り出して、火をつける。
 実に美味かった。

 すいませーん、あけてくださーい! という係員の声が聞こえる。
 僕の脇をきゃいきゃいと小さな少年少女たちが駆け抜けていった。
 気がつくと、子供という子供が観覧車のあたりに集まっていく。

 相対的に他のアトラクションは閑散としだした。
 後ろの方でわー! という歓声が上がった。
 忍者だー! という子供の声も聞こえる。

 僕はベンチに腰掛けて、煙草の続きを吸う。
 天気は快晴。
 薄い雲が陽を適度にさえぎり、気持ちの良い日差しを降りまいている。
 僕は空を見上げて、風に耳を澄ました。
 すると、広場のほうから安っぽい熊の着ぐるみが歩いてくる。
 熊は僕の隣に腰掛け、そのでかい頭を取り外した。
 そして、観覧車の方を向いて、呟いた。

「仕事になんねぇっすよ……」

 仙丸はあっという間に子どもたちの人気者になった。
 そして、いまではその遊園地で働いている。
 そして、観覧車の中で寝ている。

 もはや遊園地の名物である。
 彼を目当てにやってくる客もいる。
 いろいろな部分で不思議な点は残る、ただ、それでこそ仙丸である。

 そういう意味で、彼はやはり忍者だった。
 手裏剣だって投げられるはずだ。
 しかし、隠れ身の術はできない。
[PR]
 二階の裏寂れた便所の個室のドアを僕が開けた瞬間だった。

「何奴ッ!!」
「え!」

 とりあえず、僕は急いでドアを閉めた。

 個室の中には武士っぽいのが一人立っていた。
 地味な着物を身につけ、髭などを生やしているが、結構若い感じの武士だ。
 しかし、僕がドアを開けた瞬間に即座に脇差に手が伸びたのだから武士は侮れない。

 それにしても、ドアを閉めたら黙る武士というのも不可思議なものである。
 いったい、こんなところで武士が何をしているのだろう。
 襲ってくるわけでもなしに、変態でもないようだ。

 案外、良い奴なのかもしれない。
 ただ、武士なだけで。
 僕は再び、ドアを開けた。

「あなた、武士ですね?」

 そう言って武士を確認しようと顔を上げると僕は、はっ、と息を呑んだ。
 武士が抜き身の刀を上段に構えている。
 いまにも振り下ろさんばかりだ。
 武士の行動力は並じゃない。

「拙者は武士で御座る……」

 僕は正直、この男が武士なのか忍者なのかよくわからなくなった。

「ということは、武者だったりするわけですね?」
「そうで御座る」

 ござるというのはいったい何用語なのだろう?
 はっきり言って、何時代に使われていたって不自然だ。
 中国人が語尾に「あるよ」をつけるほど不自然だが、それとこれとは別だ。

「そうでござるか……」

 僕はそう言って、微笑んだ。
 これがなかなか好感触だった。
 武士は刀を下ろし、僕を便所の中に導きいれた。
 実際怖かったが、たぶん、これを断わっていたら僕は死んでいただろう。

「ところで、こんな裏寂れた便所でいったいなにを?」
「瞑想で御座る」
「ははぁ、瞑想」
「瞑想で御座る」

 僕は「二回言った」と突っ込みたかったが、突っ込んでいたら死んでいただろう。

「なぜ、こんなところで瞑想を?」
「瞑想は場所を選ばぬ」
「はぁ、それにしたって、なにもこんな裏寂れた便所で……」
「瞑想は場所を選ばぬ」

 まただよ。

「ということは、もしかして、僕、お邪魔でしょうか?」
「否」
「邪魔じゃない?」
「うぬ。丁度、瞑想も終わりにしようと思っていた次第」
「…………」

 まさか、「次第」で台詞が終わると思っていなかったので僕は言葉に詰まる。
 だから、なんなのかがわからない。
 しかし、武士だから、良いや。

「いつから、ここに?」
「三日前」
「ずっと、ここに?」
「うむ」
「食事なんかは?」
「これがあるで御座る」

 武士は懐から縄を取り出したが、だからなんなのかはわからない。

「はぁ……、お腹いっぱいでござるか?」
「否」
「これ、食べます?」
「いらぬ」

 僕がなにも出さないうちに武士は拒否した。大した侍魂である。

「四日前はどこにいたんですか?」
「ひっそりとな」
「ひっそりと?」
「うむ」

 武士は黙った。どうやら、「ひっそり」に関係のある場所にいたことだけは確かだ。

「寂しくないですか?」
「否」
「そういうものですか?」
「うむ」
「いつから、一人で?」
「生まれたときから、拙者は独り」
「はぁ……なるほど」
「うむ」
「いまは、僕といますけど、これは、その、二人ですね」
「否」
「え? ひとり?」
「うむ」
「あー、わからないでござる」
「致し方の無きことよ……」

 武士は僕を見据えたまま、にやり、と口元に笑みを浮かべた。

「ところで、寂しくないんですか?」

 武士は、同じ質問には二度応えぬ、とでも言いたげな表情で憮然とした。

「いや、失礼」
「否。言うに及ばず」
「はぁ……」

 僕は恐縮した。
 武士の言う言葉のひとつひとつはさっぱりだが、武士の存在が素晴らしかった。

「お主」
「はい?」
「何故、その扉を開けた……?」

 その扉って、裏寂れた便所のドアを……ドア、まあ、確かに扉だ。
 さすが武士、言葉にもなんだか含蓄を感じる。
 侮れない。

「しかし、どうして僕はその扉を開けたんだっけな……」
「ここはどこだ?」
「ここ?」
「うむ」

 そのとき、僕にはもう、そこがどこであるのかわからなくなっていた。

「どこでしょう?」
「瞑想は時も場所も選ばず、ただ、委ねるのだ」
「委ねる?」
「うむ」
「なにに?」

 武士はまたも僕を見据えたまま、にやり、と笑みを浮かべた。

「お主にこれをやろう」

 そう言って武士は脇差を僕に差し出した。

「刀……?」
「否」
「え?」
「刀ではない」

 しかし、それはどうやったって刀だった。
 僕はそれを受け取った。
 ずしりと予想以上の重量がある。

「この扉を開けよ」
「どの?」

 武士の言う、「この扉」などというものは僕には見当たらなかった。

「…………」

 武士はなにも言わなかった。

「しかし、僕がこれを貰ってしまっては、あなたは……」
「拙者には、不要」
「はぁ……」
「不要を持つ、愚かさゆえにな……」

 このとき、僕は知った。
 この武士はかなり強い。
 そして、なににもまして孤独だ。

 たぶん、強すぎるのだ……。

「そして、それは、」


 ふっ。


 瞬時になにかが、すべてが掻き消えた。

 僕は眩暈に似たものを感じ、気がつくと裏寂れた便所の扉の前に立っていた。
 左手には刀、足許を見ると一本の縄がひょろりと落ちていた。
 僕はそれを拾い上げ、腰に巻き、そこに刀を差し込んだ。

 僕は溜め息をひとつ、吐き出した。

 さあ、まずはなにをやろうかな。
[PR]
「お邪魔します」
「邪魔するなら、帰って」
「え……それじゃあ、お邪魔しません」
「じゃあ、帰って」
「え……あの、じゃあ、なんて言えば良いの?」
「なにも言わなくて良いわよ」
「…………」
「それよりも、君、本当に自分に私の邪魔が出来ると思ってるわけ?」
「あの……本当に上がっても良いのかな?」
「もう、上がってる」
「あっ、ごめん……」
「別に、なにも悪いことしてないわよ」
「ごめんって悪いことしたってことを含むの?」
「…………」
「どうかした?」
「座るんなら、奥のあれが椅子だから。別に床に座っても良いけど」
「そのくらい、見ればわかるよ」
「あそう……わからないかと思った」
「わからないほうが良かった?」
「別にどっちでも、私に影響はないわ。あなたが馬鹿なだけ」
「それにしても言ってたとおりだね」
「なにが?」
「その、殺風景というか……」
「そんなこと言ったっけ」
「生命感がないというか……」
「そんなこと言ったっけ?」
「なにもない……」
「あるわよ。目の玉が内側向いてるんじゃないの?」
「いや、外側向いてるよ。君の可愛い顔がしっかり見えてる。できれば耳を閉じたいね」
「……なにか飲む?」
「なにがあるの?」
「なんでもあるわよ」
「じゃあ、どれでも」
「マティーニね。文句は二杯目から受けつける」
「格好良いね」
「なにが?」
「君が」
「あなたが格好悪いのよ」
「うーん、ごめん」
「ちょっと、調子に乗りましたって言ってごらん」
「その……ちょっと、調子に乗りました、ごめんなさい」
「君、マゾ?」
「君はサドでしょう?」
「だからなに?」
「いや……その、」
「座れば。君、ちょっと緊張してるわよ。落ち着きなさいよ」
「あ、ありがとう……」
「いーえ、どういたしまして。言葉に装飾しても不愉快になるだけだから、君は素の言葉で自分の思考を述べれば良い。私はそれを受けて返す。それが、面白ければ幸いだけどね。面白くなくても、私は楽しいから、安心しなさい」
「それって安心できる?」
「君による」
「ですよね……」
「ただ、私に気を使う必要はないということを言いたいだけ」
「うん」
「素直なのは必ずしも良いことじゃないよ」
「素直ってどういう意味?」
「思考とは関係なくレスポンスが速いって意味」
「そうなの?」
「自分で考えれば?」
「あ……その……うん、ごめん」
「脊髄反射って感じ?」
「え?」
「冗談よ、ザッツ・ジョーク」
「ああ……ごめんね、頭の回転が遅くて……」
「関係ない」
「座ります」
「どーぞ。ねえ、座るために椅子があるのかしら、椅子があるから座るのかしら?」
「ん……わからない」
「どっちだと思う?」
「それが、わからないんだよ」
「考えてないだけよ」
「そんな……考えてるよ」
「あなたのは悩んでるって言うのよ。考えてないのよ」
「ん……」
「正解じゃなくって良いのよ、あなたはどちらだと思うの?」
「その、椅子があるから、座るかな……?」
「そう」
「良いの? 合ってる?」
「良し悪しじゃないわよ。それに、なぜ、合っている必要があるの? 何に合ってるの?」
「だって……」
「どっちでも良いのよ。あなたはここに何しに来たわけ?」
「え……その、ね……」
「ね、つまり、何でも良いのよ。現実には状況がすべてなんですから」
「うーん、難しいね」
「そう、思ってるだけ」
「そう?」
「そういうことを難しいって表現するんだけどね。だから、あなたの言っていることは間違ってはいないわね」
「ねえ、君と二人でいて、緊張しないでいることができると思う?」
「人によるんじゃない?」
「僕なら?」
「さあ、自分に訊けば」
「できない」
「構わない。はい、マティーニ、いっちょあがり」
「あ、ありがとう」
「笑ってあげようか?」
「え?」
「緊張してるんでしょう?」
「うん」
「私が君に微笑んであげれば、緊張が緩和するんじゃないの?」
「ん……そうかもしれないけど、その……それって、どうなのかな?」
「なに?」
「それって偽物の笑顔ってことだよね?」
「本物よ」
「え?」
「私は笑顔になる。私の本物の笑顔よ」
「だけど、心の底から微笑みたいわけじゃないよね」
「私は心の底から微笑みたいときしか、微笑まないわよ」
「あの……ごめん……君の言葉は僕には難しすぎる……」
「そう……」
「あっ、あの、すごい本だね」
「なにが?」
「その、つまり、すごい本の量だなと思って……」
「そう?」
「うん。何冊くらいあるの?」
「三百七冊」
「え? 覚えてるの?」
「あのね、君、もし、君が始めて自動車を買ってそれを所有したら、君は何台の自動車を所有してる?」
「一台買ったんなら、一台」
「じゃあ、それを三回繰り返して、四回目には二台まとめて購入したとしたら、君は何台の自動車を所有してる?」
「途中売却しないんなら、五台」
「そうね、売却じゃなくても、手放さなければ五台よね」
「そうだね、そんなの明らかじゃない?」
「それと同じよ」
「え?」
「自動車のところを本に変えて、回数を増やしただけ。忘れる方がおかしいわよ」
「あ……確かに、言われてみればそんな気もする」
「それにね、君は本の多さを誉めたつもりかもしれないけど、全然、そんなの誉められたことじゃないわよ。むしろ、私、先週処分したばっかりなんだけど……ちょっとショックかな」
「え……何冊くらい?」
「百七十三冊。売れるものは売って残りは捨てたわ。その後、一冊買ったわね」
「捨てたの!」
「捨てるわよ。邪魔じゃない」
「もしかして、あの辺の小説が少ないのは、捨てたせい?」
「そうね、文庫の小説はほとんど捨てたわね」
「勿体無いよ」
「勿体無い? あんなもの、古本屋に行けばカビが生えるくらいあるじゃない」
「だけど、普通捨てる?」
「じゃあ、普通じゃないのよ。一冊雑誌を買う金額で七冊は買えるわよ、小説なんて。雑誌は簡単に捨てるのに小説を大事に取っておく道理なんてないじゃない?」
「ん……」
「小説を無駄に集めてる人間なんて馬鹿よ。一回読めばわかるじゃない。本棚を飾るに相応しい小説なんて、そうそう、お目にかからないわよ。邪魔になるだけ。不必要なオブジェクト」
「なんかさ、君にそう言われてるとそうかなって気持ちになってくるね……」
「だから、本の量だとか、種類だとかで、すごいだなんて思わないで」
「そうかな、すごいと思うけど」
「本なんて読まなきゃどうにもならないし、読んだところでどうにもなりはしないのよ」
「うん」
「つまり、私は読書量をステータスにしているような人間は大嫌いなのよ」
「うん」
「だから、私は私をそういう風に思われたくない」
「…………」
「本は嫌いじゃない、一般的な本好きよりも、たぶん、本は読む。小説も読む。その知識だってある。けど、私は口を開かない。小説が好きなら一人で黙って読んでろって話なのよ」
「小説読みが嫌い?」
「そんなこと言ってないわよ」
「だけど、小説も結構読んでるんだよね」
「そうね、頭が疲れたときなんかに読むわ。娯楽ね。まさか、君、小説こそが知で知識で知恵の宝庫で、なんて思っていないでしょうね? 小説は文化よ。小説の知識は世界の知識とは違う、大丈夫?」
「いや、さすがの僕でも、そのくらいはわきまえてるよ」
「別に私は小説を軽視しているわけじゃないのよ、ただ、そういった領分を明確にしておかないと勘違いする人がでてくるでしょう?」
「確かにわかるけど、そこまで言うことなのかな?」
「それが安全側の発想なのよ。端的にまとめれば、私の我がまま、駄目?」
「いや……そう、堂々と言われると」
「私は私の嫌なことにたいして忠実に反発するのよ。だけど、あなたに迷惑をかけるつもりも、かけてるつもりもないし、他の何にもたいしてもそうしているはずよ」
「うん」
「あー、面白くない。乾杯しましょ」
「なにに乾杯する?」
「じゃあ、捨てられていった本たちに」
「それ、面白いね」
「冗談よ」
「じゃあ、まだ、棚に残っている本たちに、乾杯」
「乾杯」
「面白い?」
「なかなか洒落てる」
「ところでさ、買った本はどれ? 処分後に一冊買ったんでしょう?」
「ああ、それがノーヒントでわかれば君は天才だね」
「わからない」
「考えてないね?」
「悩んでもいない」
「まったく……ほら、あれよ」
「あ!」
「どう、私は意外と気に入ってるんだけどな。内容は、いまは言えないな」
「驚いた……君は、やっぱりすごい」
「そう?」
「おもわず、抱きしめちゃいたいくらい……」
「抱きしめなくてもいいの?」
「抱きしめていいの?」
「笑ってこたえず」
「自分で考えろってこと?」

「とりあえず、お酒でも飲めばってこと」
[PR]