感嘆する日々

11時頃起き、お湯を沸かすと友人からもらったハワイの珈琲を淹れる。「ハワイの一番ランクの低い豆だけどけっこう美味しいよ」という友人の発言はあたっていた。けっこう美味い。この「けっこう」が大切だ。美味しかったですと報告したら、多分「そうかなあ」と首を捻られるだろう。

実際のところ、拍手喝采、目から鱗、棚から牡丹餅、猫に小判、かもねぎかもねぎという具合に脳内秘密基地がごった返すほど美味しいというわけでもない。素直が一番だ。マニアと呼ばれる人たちには、本来、程度の問題にはなり得ないパラメータにも個人的な尺度が存在する。通常それは「こだわり」と呼ばれる。こだわりの近い人ほどマニアの世界では息が合いやすい。こう書いてみると気持ちの悪い世界だ。

今日の演習が何時からなのかを確認。14時45分からだというので服を着替えてウェブを眺める。もちろん眼鏡も掛けたし、顔も洗った。ちなみに眼鏡を掛けたのは顔を洗ったあとだ。顔を洗う前に眼鏡を掛けるとじっと手を見てしまいそうだから、顔を洗うときは眼鏡を外すことにしている。

大学で発表論文を二本聞いて感嘆する。皆、頑張っている。僕も頑張っているふりはしている。つまり、あの場には頑張っている人間しかいなかった。頑張ってい(るふりをしてい)ればとりあえず叱責されることはない。努力した人が報われる社会というのは、そういう怪しい人間をいまより増加させることだろう。成果を挙げた人間に努力している人間を含め、努力しているつもりの人間も優遇しましょうということ。日本というのは優しい国である。

そのあとスマリヤンのロジックを読む。コンパクト性定理の完全性を用いない別証明を構成する。スマリヤンはときおり記述が飛躍するけれど、論証の間を埋めるとわりとエレガントな記述だったことがわかる。一般的にこういう現象を「わかり辛い」という。ここで「君はわかり辛いことがわかるほどちゃんと理解できているのか」と指摘する人のことを「性格が悪い」という。難解な記述だと困るけれど、わかり辛い記述が困るのは「わかってしまうまで」なのでこれはこれでいい。書いているのがスマリヤンだと思うと我慢もできる。

19時30分頃、教師の友人が「どうしても遠いところに行きたい」と自動車で僕を拉致して中山峠まで走る。どうやら精神的な「燃料切れ」らしい。先週の金曜日も飲みに付き合ったばかりだと思ったけれど。当然、売店も開いておらず揚げ芋は食せなかった。このまま洞爺湖に行こうというのをなだめたところ、そのまま小樽に連れて行かれ、石狩を回り、帰宅。そしてさっきから日記を書いている。長い。もう日記はやめよう。
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by kourick | 2006-10-04 00:00 | 日記