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Web に読み込まれる「界隈」というなにか

サイト名の妙はあるよねという話をしたら、ぁゃιぃ(*゜ー゜)NEWS のセミマルさんに反応をいただきました、ありがとうございます。サイトの移転や改名はやはり、新規の閲覧者を呼び寄せるのに有効なようです。

これは個人ニュースサイト群の横の繋がりが発揮されたと考えてよいと思います。サイトの移転や改名が他の個人ニュースサイトでアナウンスされることにより、普段は隠れている「界隈」が表面化し、閲覧者が「この界隈には他にそういうサイトもあるのか」という発見をして、そのサイトを閲覧するようになるという仕組みです。

しかし、界隈とはなんなのでしょうか。あるサイト群間でリンクが重複したら、そこを界隈とみなすという具合になっているのでしょうか。以前、「○○界隈」という分類が流行りました。いま思うとあれは、閲覧者の覗いているサイトの傾向が、サイト運営者にフィードバックして成立していたように僕には思われます。

もちろん、自分のサイトをどういうサイトにするかといった、サイトの方向性を決める主導権はそのサイトの運営者が握っているわけだけれど、それはサイトの運営者がどういう閲覧者を望むかということに左右されていただろうなと思うのです。そして、古参のサイト運営者と、そこに集まっている閲覧者と、新参のサイト運営者という三者の巡りあわせのうちに「界隈」というのは成立していたのではないかと思います。

だから、初めてサイトを公開するときに、自分のサイトからどのようなサイトにリンクを張っているかということは重要でした。それは自分のサイトの方向性を閲覧者に示す、大きな要因になるからです。それは自分のサイトが、既存のどの界隈に近いのかということを表明することでもあったからです。

しかし、この界隈というものは基本的に、様々なサイト群を覗いている閲覧者によって読み込まれるものです。そうすると、「界隈の成立地点」というのは、運営者が先なのか閲覧者が先なのかという点で循環しだすことになります。でも、この循環は悪性のものではないので気にしないでも大丈夫です。そういう人の往来のうちに界隈は成立したのだというのが正解だと思います。

また、界隈には、それを望む人と望まない人とがいます。この界隈志向性の軽重は、サイトの公開動機の段階で決定されているようにも思います。そして、この界隈志向性の非常に高かった時期というのが、テキストサイト全盛時代だったのだろうなと思います。テキストサイト全盛期の盛り上がりというのは、この「界隈的発想」によって発展していたように僕は思います。

だから、Web 全体の閲覧者が少なかったにもかかわらず、界隈に属するということによってサイトのアクセス数は増加しました。サイト間の閲覧者の往来が激しいからです。その代わり、同じ界隈に属したいという性格は、似たサイトも増加させました。こうした既存の界隈の飽和を傍目に、自分の界隈を形成しようとする野心的な人のように、他のサイトの運営者を巻きこむほどの影響力を発揮できる人が、数少ない「真似される側」にまわり、カリスマになっていったのでしょう。

根本的に、閲覧者は「界隈」を読み取りたい、把握したい、作りたいといった気持ちを持っているものだと思います。そしてそれはもちろん、閲覧者であるところのサイト運営者にも当てはまります。こうして、人の集まる Web という場所には、自分の居場所を求めて、なにもないところから自分たちの遊び場を作り出し、界隈と呼ばれるような場所が形成されるのです。これはウェブという空間をコミュニケーションの空間として把握しようとするときに興味深いと思われるところです。

こうして、界隈というのは生成と消滅を繰り返し、広がったり縮まったりを繰り返し、閲覧者に愛されたり毒づかれたりして、人の集まる Web を彩っているのです。