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ミルク・ストラテジィ

「ねぇ」

 気だるい声で彼が言った。
 彼が私に話しかけるとき、彼は常に気だるそうだった。

「なぁに?」

 しかし、もしかすると、彼も私と同じことを感じているかもしれなかった。

「朝、牛乳を飲むとするだろう」
「わたし、飲まないよ」
「えぇっと、仮定の話だよ」
「家庭ならもっと、わたし、飲まないよ」

 彼は自分の頬を右手で撫でながら、私の顔をしげしげと眺めた。

「あ、もしかしてあれ」
「どれぇ?」
「家族全員飲まないとかでしょう?」
「そうそう、うしちち禁止令っていうのがさ、あってさ」

 そこで彼が立ち上がったので、私は喋るのを中断する。
 彼は歩いて、私の横に来て、腰を下ろして、私の頭に右手を置いた。
 そして、喋っている途中の私の頭をなぜか撫でた。

 気持ち良いけど、不思議な人だ。
 私はずっと彼を見ていた。でも彼は私をずっと見ていなかった。
 彼は私の顔を見ずに「続きは?」と言う。そして、私の頭を撫でる。変な人だ。

「お父さんがうしちち断固拒否派だったの」
「君も?」
「うむうむ」
「でも、容認派もいたわけでしょう? 拒否派があるってことは」

 彼はそう訊きながらも、なぜか私の頭を撫でている。
 気持ち良い。

「マッケン・マッケンジィ君だけが賛成派だったよ」
「えぇと、マッケン君はなに?」
「いわゆる猫、飼い猫」
「なるほど」

 彼が私の顎の下で、猫を手懐けるように指を動かした。
 折角だから、私は「ごろごろ」と言ってみた。
 彼は満足して私の頭を撫でた。

「マケマケ君だけ、すごいうしちち、好きでさぁ」
「うん」
「三日に一度はお父さん、マケマケ君と夜中に話してたよ、うしちちについて」
「すごいね」

 彼がとうとう私のほうを見て、目を輝かせた。
 満面とまではいかないけれど、笑っていた。お父さんに感謝だ。

「でさ、ある日、お父さんが言うわけなの」
「うん」
「昨日の夜にマッケンジィ君に訊いたのだって」
「なにを?」

 そうしてまた、彼は私の頭を撫でた。
 うふふふである。

「うしちちに関してはにゃあなのだって」
「え?」
「うしちちはね、つまり、にゃあなんだよ」
「うわぁ、全然わからないけど」

 彼はそう言うと私の頭を撫でるのを止めて、私にキスをした。
 驚いちゃったよ。まいっちゃうけど、まいっちゃわないというか。
 その、気持ち良いっていうか、にゃあっていうか。

「本当、世の中、にゃあなことばっかりだよ」
「わたしもそう思う」
「にゃあ」
「にゃあにゃあ」