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緑の風とぱたぱたの腕

 空に雨がざーざーと降り注ぎ、夕焼けを群青色に染め抜いた。
 行きかう人々は一斉に真紅の雨傘から降りるとそれを片す。
 黄金色の霧が晴れだすと、皆、思い思いの帰路にたつ。

 白い風が僕の脇を通り過ぎ、ふいに緑の袋を落としていった。
 僕はそれを拾い上げるとぱたぱたと、白い風に向かって振り上げた。
 途端に慌てて白い風が戻ってきたが、寸前、車に轢かれてしまった。

  …………。

 僕はぱたぱたの腕を下ろすと、ふるふると首を振った。
 いつだって、なにかが消えてしまうのは悲しいことだ。
 そうこうしてるといつの間にやら目の前に、緑の風がちょんといた。

 こんにちわとご丁寧にも緑の風は御辞儀した。
 僕はこんにちわと頭を下げると、ぱたぱたと緑の袋を振り上げた。
 緑の風はにこにこ微笑み、しゅるんと僕のぱたぱたの腕に巻きついた。

 わたしは車のおかげで生まれてきたの。緑の風はそう言った。
 だけど、わたしの代わりになにかが消えてしまったわ。
 そうなんでしょう? と緑の風は僕に訊いた。

 僕はその通りだ、そして、それは悲しいことだと頷いた。
 教えて頂きありがとう、あなたは優しい人なのねと、緑の風はそう言った。
 そろそろ腕を下ろすとどうかしらと、にこりと笑ってそう言った。

 僕は言われたとおりにぱたぱたの腕を下ろす。
 すっかり晴れ渡った大地はどんどん眠りに落ち始めていた。
 素敵な天気で僕はいま嬉しいし、なんだか楽しい気持ちだよ。

 僕はなんともなしに、感じたうたを口にした。
 なんだかわたし、あなたが気に入ってしまったわと、緑の風はそう言った。
 僕はわけがわからず、にこりと微笑んだ。

 緑の風はするすると僕の身体になめるように絡まりついた。
 僕は爽快な心地で、朝を泳いでいるような気持ちだよと言った。
 嬉しいわ、できればこれも頂いてと、緑の風は呟いた。

 僕が緑の袋を開けると、そこには綺麗な緑の飴玉が入っていた。
 ころっとひとつを取り出すと、緑の袋は空っぽになり消え去った。
 僕が緑の飴玉を空に透かすと、それは綺麗な黄金色に輝いた。

 いただきます、僕はぽつりと呟いた。
 僕には、それがとっても大事なものであることがわかった。
 ころころと飴玉を舌の上で転がしながら、僕はぶんぶんと両手を振り上げた。