ねえ、ルソー、あっちむいて

 僕は最初、ルソーが理解できなかった。いや、もちろんいまでも理解しているとは言いがたいから、どう押さえたらよいのかわからなかったというのが適切だろうか。部分部分はわかるのだけれど、全体像が見えてこないという感じかもしれない。組み合わせても一人の人間にならない。

 『エミール』 のルソーがいて、『社会契約論』『人間不平等起源論』 のルソーがいて、『告白録』『孤独な散歩者の夢想』 のルソーがいる、保守にも仲間にも嫌われるルソーがいれば、大衆の喝采を受けたルソーもいて、影響力としてのルソーもいた。こうなるともう、よくわからない。

 というか、そもそもルソーには胡散臭いイメージがあった。ルソーというのは言葉を引用されやすい偉人、名言先行型の人物だと思う。僕もそんな講演を何度か聴いたことがある。「人間は自由なものとして生まれた」だとか「人間は二度生まれる」だとか、そんな話である。

 それを「活動家」「運動家」「啓発家」然とした人が、したり顔して引用するのだ。そして、やはり素晴らしいことを言っている、とりあえず間違いないみたいな微笑みを受けて、聴衆も拍手しなきゃいけない雰囲気になる。なんだろうこれは、なんだか信用ならないのだ。

 ルソーくらい人間の悲哀を体現していて、「いや、でも、それ自業自得だから」というツッコミ待ちしている人もそういないと思うのだけれど、それがやけに薄っぺらい。ルソーはときに「矛盾の人」と言われるが、ルソーのちょっと良い話だけ聞いても、ルソーの「うおー!」は感じられなかった。

 ルソーがどうしてそんなことを言ったのかいまいちわからないんである。ルソーのモチベーションがわからない。酷いときには「本当にそんなこと言ったのか?」というような気持ちにすらなった。もうひとつ、僕のわからなかったのは、ルソーの影響力である。

 こういう風な印象を持っていると、ルソーというのは別に大したことなかったんじゃないのかと思いそうなものだが、実のところ、ルソーの影響力には凄まじいものがあった。哲学・文学・芸術・教育・政治、そして、市井の女性などにも絶大なる影響を与えている。いったいどういうことなんだ?

 カントは散歩を忘れるほど 『エミール』 にハマり、「道徳界のニュートン」とまで言ったし、ゲーテもファウストに「感情のみが全てだ」と言わせた。教育界ではペスタロッチにモンテッソリ、デューイなどが影響を受け、フレーベルは幼稚園を創った。情操教育の走りのようなものである。

 ジェファーソンはロックやモンテスキューの思想と一緒に、ヴォルテールと、そしてルソーを吸収していったし、趣はかなり異なるが、ロベスピエールはルソーを用いて独裁政治を行った。そしてなにより、ルソーは上層階級の人たちだけではなく、中流・下層階級からの支持が厚かった。

 ほとんど同時代の人たちだけでこれである。後世の影響までを考えると、それは計りしれないものがある。いったいルソーのなにを読むと、この影響力を理解できるのだろう。どこを読むとルソーの衝撃というものを感じることができるのだろう。僕の「わからなさ」は、このあたりにあった。

 僕はいまいち理解力や読解力が低いので、最初に、理解したい対象をより大きな文脈のなかで戯画化しないと、そこにある情報を自分のなかに適切に位置付けられないところがある。そんなこんなで、僕がルソーに貼ったレッテルは「西欧に性善説の嵐を吹かせた人」である。

 この人は性悪説が常識として蔓延っていた近世において、性善説を下敷きにして馬鹿みたいに理想を語った「素朴にして雄弁な子供」だったと押さえると、僕のなかでは、ルソーのすべてがシックリ収まってくる。そして、その言葉のほとんどがルソーの言い訳に聞こえてくるのである。(続く)
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by kourick | 2011-12-21 20:00 | 考察