悪いなルソー、この啓蒙思想は3人用なんだ

 ジャン=ジャック・ルソーというのは、よくわからない知名度のある人だ。いまこれを読んでいる人のなかで「ルソーを知らない、聞いたこともない」という人はたぶん、いないだろう。かといって、なにをやった人なのかと問われると、いまいちはっきりしないところがあるのではないかと思う。

 というのはやはり、高校の授業における中途半端な紹介によるだろう。ルソーはまずもって「政経」か「倫理」の時間に現れる。社会契約論のときに「自然状態」を背負って現れ、青年期の心理のときに「第二の誕生」を背負って現れる。そして去っていき、もはや戻ってこない。

 いやしかし、それでもヴォルテールと比較したら、よほど恵まれているかもしれない。ふたりとも18世紀のフランスを代表する人物、時代の精神といってよいと思うけれど、ルソーがなんとなく常識になっているのに対して、ヴォルテールの知名度のなんと低いことか。

 人間というのは根本的なところで頭を使うことがあまり好きではなく、おそらくそれほど得意でもないのではないかと深読みさせられてしまう。ちなみに、同時代のイギリスに生きたサミュエル・ジョンソンは、ヴォルテールを「知性的愚者」と評し、ルソーを「感情的愚者」と評した。

 どっちにしても邪悪な愚者であるのは、彼らがともに教会を中心とした権威や伝統を完膚なきまでに破壊しようとした啓蒙思想の旗手であり、それによって実際、半壊させられてしまうからである。彼らがフランス革命の、そしてアメリカ独立戦争の思想的背景にいたのは御存知の通り。

 これはニュータイプがオールドタイプを批判している様子を想像してもらうとわかりが良いだろう。教会の重力に魂を縛られた人たちを解放するために、彼らは「皆が本来的に持っている「理性」を働かせて「科学」的に思考し「社会」を「進歩」させるなら「幸福」になれる!」と説いた。

 いい加減、教会の腐敗と僧侶の傲慢に嫌気のきていた民衆は、これを熱狂をもって迎えた。啓蒙思想家に感化された人々は「神」よりも「理性」を信仰するようになった。ここから、伝統と秩序の息苦しさから解放されたフランスは自由と平等の混乱を味わうことになる。

 日本という国家の憲法はアメリカ人によって作られたというのはよく知られた事実であるが、そこでは「信教の自由」もうたわれている。これは一見したところ「なにを信仰してもよい」という権利に思われるが、起源を遡るならば、これは「カトリックを信仰しないでもよい」という権利だろう。

 さて、こうした啓蒙思想を押し進め、そのメインストリームにいたのは、ほかでもないヴォルテールであり、ディドロであり、ダランベールだった。晩年ちょっとひよっているところもあるが、最期まで、ヴォルテールは知の騎士だった。さて、ルソーである。ルソーはどこにいってしまったのだろう。

 当初はルソーもこのメインストリームにいた。だが、持ち前の気性の激しさからディドロと絶交し、ダランベールと不仲になり、ヴォルテールと不仲になり、ヒュームと不仲になり、グリムからは嫌がらせを受けた。ルソーほど「絶交」という言葉の似あう人間はそういないだろう。

 こうなると、どうして親交できていたのかがむしろ謎である。たしかに相性が悪そうな感じはある。ヴォルテールやディドロはいかにもフランス的で男性的なのに対し、ルソーはどこかドイツ的で女性的である(思想が、という意味である)。だが、それ以上に価値観が根本的に異なっている。

 いや、ちょっとずつ、なんか違うぞという思いがルソーのなかに積み重なっていったという感じだろうか。近縁にいたからこそ、その違和感も強かっただろう。未来人の僕はルソーをあまり好まないけれど、この時代において、ルソーこそがまさに真正の破壊者だったのだと僕は思う。(続く)
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by kourick | 2011-12-20 22:30 | 考察