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僕と珍しい人の飲酒行為に関する不一致と一致

珍しい人はお酒に強い。僕もそれなりに強いし、僕の酒飲み仲間にも強い人はいるけれど、ちょっと彼女は図抜けている。それは「酒豪」というような表現を通り越しており、翌朝、陽光に向かって悠然と歩む彼女の後ろ姿はもはや菩薩を思わせた。彼女は酔わないのだ。たまに、彼女はどうして酒を飲むのか、と疑問に思う。水よりも酒のほうが量を飲めるからだろうか。不経済な人間だ。

この場合の「強さ」というのは「アルコールの分解能力の高さ」にとどまらない。彼女の場合、酒量もそうとうなものだけれど、酒を飲むという行為に対する油断や慢心、迂闊さというものがない。つまり、自己を統制する能力に長けているのである。あらゆる環境や状況に合わせた持久戦を日常的に想定しているのかもしれない。だとしたら、飲酒に際して、彼女は理路整然と狂っている。

「女は怖いよお」
 彼女はソファの背もたれに寄りかかりながら、そう言った。
 僕は「知ってるよ」とか「だろうね」とか言おうかと思ったが、それらの言葉は胸に押し留めた。
「そう?」
「…………」

彼女は僕のほうに目線をちょっと向けると、そのまま黙った。どうしようもないので、僕はグデッとしたままシメイに口を付ける。それにしても、僕が夜中に酒を飲みたいとき、珍しい人はたいてい起きている。起きている時間が僕と似ているのか、あるいは彼女は寝ない生物なのだろう。少し気になるから質問してみたいけれど、睡眠時間を尋ねる僕に、内心、彼女は辟易するだろう。

「それを訊いてどうするの?」

うわあ、言うなあ。そのあとに「馬鹿みたい」とか言うのだ。こういう場合、正面から応じる、早急に茶化す、言葉を被せる、冗談を言う、撤回する、謝ってみる、粛々と後悔する、はらりと涙を流す、さあ、どれが適切な応答だろう。これは実に難しい。大体、女性の機嫌を損ねたとき、もはやそこに正解はない。やれやれ、あれこれと勝手な想像を働かせることだけが、僕の自由なのだ。

「あなたは本当に変わらないよね」
「まあ、そうだね」
「正確に言うと、変わっていないように見せるのが、かもしれないけど」
「ああ、それもあるだろうね」
 僕はシメイを飲む。
「こういう話題に興味はない?」
 そう言うと、彼女はソファに座りなおした。
「あまりないかな」
「あそう」
「そういう消化試合みたいな会話はね、危険だから」
「…………」
 彼女はわかりやすい溜息を吐いて、ギネスをグイッと飲んだ。なかなか頼もしい仕草だ。
「こうしてさ、ひとりで酒を飲んだりしてるとさ」
「ひとりで?」
「わたしだって酔うわけよ」
「えぇっと、僕、いちおう、ここにいます」僕は左手をふわふわと左右に振る。「眼中になかった?」
「たまになんで見えてるんだろうって思うことがあるよ」
 なかなか面白いジョークだ。クスリとも笑えない。
「点数にすると?」
「0点」
「何点満点中?」
 僕がそう尋ねると、彼女は苦笑して「煙草ちょうだい」と僕に手を伸ばした。