IE9ピン留め
 新聞を眺めていると、ときおり格付会社(機関)のいろいろの評価を目にする。内心、誰もが胡散臭いと感じているんじゃないかと思うのだけれど、ああした直線的な評価軸に対象を位置付けることで、なにかわかったような気になるのも否めない。知能指数などといったものと似ている。

 まあそんなわけで、ニセコの深雪(15m)が世界的な経済紙であるフォーブスのスキーリゾートランキングで二位に格付けされ話題になっていた。北海道はスキー場も多いし、どこがどことどう違うのか僕にはわからないけれど、そのパウダースノーの雪質も絶賛されている。

 もともとニセコは海外からの観光客の多いところで、夏はカヌーやラフティング、冬はスキーにスノボと自然体験型のレジャーの盛んなところだ。しかも、温泉付きである。とりわけ倶知安なんかは、オーストラリアからの滞在型旅行者の多さが以前から注目されていた。

 そうした観光客の評判によって「ニセコ」のリゾート地帯としての認知度がわりあい高かったということが、今回、評価された大きな要因なのかなと思う。ちなみに、このオーストラリア人観光客の消費動向と満足度を調査したレポートがあるのだけれど、これがなかなか面白い。(参考.pdf

 「ニセコの不便なこと」という項目には七割の人が「ない」と答え、「今後のニセコに望むこと」という項目には「日本人らしさを保つ」「いまのまま変えない」と答えている人が多い。ここでいう「日本人らしさ」というのは主に「親切さ」にあるようだ。オリエンタリズムもあるかもしれない。

 北海道にも「日本的なエキゾチックな雰囲気」を感じるのかと僕は少し驚いたけれど、そうした「おおらかな田舎の雰囲気」に惹かれるオーストラリア人は多いようだ。大多数が現状維持を望むというのは(そこに魅力を感じたからこそ旅行に来たのだから)当たり前だが、忘れがちだ。

 「北海道らしさ」「日本らしさ」のような観念的なものをある程度、明確に把握して、観光の商品として提示するというのは、名産品や特産物を作るのと同じように大切なことだろう。旭山動物園の行動展示に発想は近いかもしれない。日本人は意識的にそういうことをするのは苦手だ。

 ところで、寒冷都市ということだとカナダやロシアに大きな都市があるけれど、こと豪雪都市ということだと世界的にみても札幌がちょっと抜けているようである。札幌クラスの豪雪地帯で人口100万人を超えているような都市は他にない(札幌は190万人を超している)。

 ちなみに、人口30万人以上なら旭川や青森のほうが過酷だと思う。道民的には札幌は雪も少ないし暖かいので住みやすい都市である。意外かもしれないけれど、道民なら10人中10人がそう答えるだろう。雪なら旭川や東北地方のほうが多いし、寒さは道東のほうがずっと寒い。

 だから、札幌というのは便利な都市だと思っているのだけれど、たしかに言われてみたら、これだけ積雪の多い都市が一般的に言って便利なわけがない。除雪に関するテクニックがやけに発達しており、慣れてしまっているのだ。どうしていまのような大都市になれたのだろう。(参考

 たまに道内(札幌外)をドライブしていて開拓時代の話をしながら、「こんなところよくまあ開拓したもんだよね」とか笑ったりするが、これはまさにその通りで、そういうところは本来的に人の住むようなところじゃないんである。そんな自然・気候・環境のなかに札幌という都市はあるのだ。

 ニセコの人気というのもどうやら、その自然へのアクセスのしやすさにもあるようである。海外にも良い雪山はあるのだけれど、これだけ人里ひらけた場所に良質な雪山があることはなかなかないみたいだ。札幌が強力なハブ都市になることは、北海道全体にとっても有益なことだろう。
 あることに不思議さを感じたとき、どうしてそれを不思議だと思うのかを反省してみることは、物好きな人にとっては面白いものだ。たとえば、物体消失の手品に不思議を感じるのだとしたら、それはその人が「物体は急に消えたりしない」ということを経験的に知っているからだろう。

 物体が出現したり消失したりを繰り返しているような世界に住んでいる人にしてみたら、ずっと同じところにあり続ける物体のほうが不思議に違いない。物体消失よりも、物体固定の手品のほうに不思議さを感じるだろう。不思議さはそれまでの経験によって規定されていると言える。

 手品業界に詳しいわけではないが、たぶんマジックにも素人客向けのマジックと玄人客向けのマジックがあるだろう。偏見かもしれないけれど、小学生に技巧的なマジックを見せたところで、その面白さは伝わらないのではないか。耳がデッカクなったほうが喜ばれそうだ。

 感じ取った逸脱、異常、変化をはっきりと把握するためには、もともと自分はどういう常識を持っていたのかをはっきりさせないといけない。「なにも不思議に感じない」と言う人だって、ある朝、西から太陽が昇ったら不思議に思うだろう。常識に不感症になると、不思議にも不感症になる。

 あるいはこんなこともあるかもしれない。二人の子供が積木遊びをしていた。一人が塔を作ると、もう一人が塔を壊す。一人が「どうして僕の塔を壊すの?」と尋ねると、もう一人が「もとに戻したんだよ。君こそ、どうして僕の海を壊すの?」と言った。子供の常識と不思議は紙一重である。

 子供の頃、「どうして人を殺してはいけないの?」という子供らしい質問を大人が提案してきたとき、僕は「いかにも大人の言いそうなことだ」と思った。その質問は「人を殺してはいけない」ということが前提にあって、その前提を子供が疑うというシチュエーションなのだ。

 だが、僕の感じていた不思議はそれとは反対に「どうして人を殺しちゃうの?」のほうだった。だから、大人から「どうして人を殺してはいけないのでしょうか?」と投げかけられるたびに、僕はむしろ「どうして大人はそんなことを言うのだろう?」と不思議に思った。

 だって、人を殺しちゃいけないのは仕方のないことだ。誰かがそう決めたことがあるのかどうかわからないけれど、それは誰も文句を言わないほどに無根拠に正しそうに思われた。また、人を殺すというのはどこか気持ちの悪いことのように思った。哀しいこともたくさんあったんだろう。

 ただ、それでも人は人を殺しちゃうものらしかった。僕は人が人を殺す現場に立ち会ったことはなかったけれど、いろいろな記録や証言から、人が人を殺せるのは歴史が証明しているそうだった。どうして殺しちゃいけないことがわかっているのに殺しちゃうのか。そのほうが不思議だった。

 硬直化した不思議というのは、どこか不気味なものだ。これは規範(ノモス)と自然(ピュシス)という観点の違いになるけれど、大人は規範を重視しがちだし、規範を疑われることを恐れているようだった。しかし、僕は「人は人を殺す」という自然のほうに興味があったということだ。

 さて、違うことを書こうと思っていたのだけれど、変な方向に話が進んでしまったので、近いうちにまた更新したいと思う。ちなみに、いま僕が感じている不思議は「どうして更新しないほうがアクセスがあるの?」ということである。彼の家、彼さえいなけりゃ、居心地いいな、みたいな?
 次の式の値を求めよ。
6 ÷ 2(1+2)
 これは昨年末、台湾の facebook コミュニティ(?)で話題になり、日本のネットでも大きな反響をよんだ問題である。なにかひっかけがあるんじゃないかと身構えてしまうかもしれないけれど、素直に計算してみてほしい。どうなっただろうか。ちなみに僕は「1」になった。

 しかし、この式は「9」と計算することもできる。僕は正直、気付かなかったけれど、そう計算した人のほうが元記事を読むかぎり、多かったようだ。どういうことかわかるだろうか。教育関係の算数業界の人なら、「ああ、あれね」という感じかもしれない。つまり、こういうことである。
(a)
 6 ÷ 2(1+2) =
 6 ÷ 2(3) =
 6 ÷ 6 = 1
(b)
 6 ÷ 2(1+2) =
 6 ÷ 2(3) =
 6 ÷ 2 × 3 =
 3 × 3 = 9
 元の式を、(a)は二項式とみていて、(b)は省略された三項式とみているという違いがある。なるほど、という感じである。まあ、「9」になるような計算を拒否する便法というのはけっこうあると思うけれど、厳密に言うならやはり、構文エラーだろうなと思う。ポーランド記法なら起こらない。

 ちなみに、元の式の「÷」も省略してしまうなら、
6 / 2(1+2)
という一項式になるが、こちらの値は「1」とする人が多そうである。同じことではあるのだけれど、これらの省略を展開し、「9」を求める人はあまりいないだろうということは想像できる。どうしてか。はっきりと(上下に)区切られているからだろう。これはもう、認知心理学の領域である。

 もともとの「a÷bc」のかたちの式だと、(a)の「a÷(bc)」と、(b)の「(a÷b)c」にけっこう解釈が分かれるのに、「a/bc」のかたちの式だと、ほとんどの人が「a/(bc)」と解釈して、「(a/b)c」とは解釈しなそうだというのはなかなか面白い(試してみないとわからないけれど、たぶんそうだろう)。

 さて、元の式である。この多意性はどこに問題があるのかと考えると、これは記号の結合力の問題なのかなと思う。記号の結合力というのは、いわゆる、「足し算や引き算よりも、掛け算や割り算を先に計算しましょう。括弧があったら、そのなかを最初に計算しましょう」というやつである。

 算数だったら、「=」<「+」「-」<「×」「÷」の順に結合力が強まると教えられる(この書き方でわかるかな)。さらに、基本的に左のほうから順番に計算しましょうというルールもあったりする。記号の結合力が定まっていると、余分な記号を省略することができるから便利だ。たとえば、
(5+(3×6))
 は
5+3×6
 としてもいいし、
((3×6)×(8+(2×5)+(7×4)-3))
 は
3×6×(8+2×5+7×4-3)
としてもいい。もちろん、省略してはいけない括弧もある。式の一意性が保たれているなら、冗長な括弧や結合力の強い記号を囲む括弧は省略できるということである。とはいっても、これはメタなルールであって、どこかに書かれているかというと書かれてはいない。

 「まあ、わかるよね」という慣習である。定義と形成規則の他に、記号の結合力を明記するということは普通しない。仮に明記したとしても、今回の場合のような「演算子の省略」を許すことはないだろう。これはやはり「共通因子は先に計算しちゃいましょう」という慣習である。

 こういうのは人が筆記するようなときに記号を省略するためのテクニックにあたるもので、「厳密に言うと、おかしい」というようなことはけっこうある。「ここの括弧は省略するけど、これ一意に読めるよね」という暗黙の了解のなせるわざみたいな感じである。今回の場合だと、
(a)
 6÷(2(1+2))
(b)
 (6÷2)(1+2)
 (a)の括弧は冗長だから省略するけど、これわかるよねという意識があるだろう。一方、(b)の括弧を省略しようとはあまり思わないに違いない。どうしてか。それを省略してしまうと多意的になってしまうことがあきらかに予想できるからだ。しかし、こうした判断は意外と曖昧なものである。

 ちなみに、記号の結合力というのは論理記号にもあるし、記号言語だけかというと日常言語でも分野によっては結合力が定まっている。たとえば、法文における「及び」と「並びに」は「及び」のほうが強いし、「又は」と「若しくは」は「又は」のほうが強いと決まっている。

 読むという行為は文字が読めるならできているものと思うだろうし、実際、そうなのだけれど、なにかおかしいなと思うことがあったら、文章を否定する前に一度「自分は本当に読めているのか?」ときちんと疑ってみることも必要かもしれない。意外と読めていないこともあるものである。

 ところで、この話題をみていて僕が「なんだかな」と思ったのは、数学者や教師を名乗る人たちはわりとコメントを出しているのに、こういうのをもっとも得意とするだろう論理学者や哲学者のコメントはあまり見かけなかったことだ。それが僕には残念でならないのである。
「割り算は数字を入れ替えて計算しちゃダメなのに、どうして掛け算は数字を入れ替えて計算してもいいの?」
と、子供に訊かれたら、あなたはどう説明するだろう。たとえば、「答えが同じになるからだよ」と言えるかもしれない。しかし、それに対して「答えが同じになるかどうかは計算してみないとわからないよね?」と言い返されてしまったら、どうしたらよいだろう。

 たしかにその通りだ。それは計算してみないことにはわからない。こちらもムキになって「絶対に同じになるから気にするな」とか言うかもしれない。きちんとしたことは学校の先生が教えてくれるだろうから、それで問題はないが、「どうして絶対に同じになるの?」と訊かれたらどうしたものか。

 ときに「ペアノ算術なら乗算の交換法則が証明できるからだよ」とか言うことはできるかもしれない。しかし、「うちの学校はロビンソン算術かもしれないじゃない。帰納法は使っちゃダメだよ。それに帰納法による証明は蓋然的なんだよね、絶対じゃないじゃない」とか言われたらどうしよう。

 普通の子供はそんなことを言わないし、そんなことを言わないから普通の子供なのかもしれないが、「いや、その証明に使う帰納法は数学的帰納法だからね。数学的帰納法は「帰納法」と言われるけれど、実際には演繹法だから真理保存的なんだよ」ということはできるかもしれない。

 あるいは「厳密に言うと、たしかにちょっと違うかもしれないね。なにが違うかというと「式の表現する内容」は異なっているということ。けどね、「式を計算した結果」は同じになるから、あまり気にしないでいいんだよ」と言うこともできるかもしれない。表現は異なるのに結果は同じ、これは凄い。

 百円玉10枚と千円札1枚は「同じ価値」をもっているけれど、百円玉10枚と千円札1枚は「同じ」ですかということである。同じだけど、違う。一見、明らかに矛盾しているこの表現が、素直な感覚を表している。表現(素材と枚数)は異なっているが、価値は同じだということである。

 数学的言語というのは計算さえできたらよいのであって、その目的のためには結果さえ同じになればよいというのは正直な意見である。一方で、数学的言語というのは世界から抽象された事柄を表現することができて、なにかしらの意味を持っているんだというのも素朴な感想だろう。

 3人の子供が遊んでいるところに5人の子供が「なにしてるの、入れて」と言ってやってきたら、これはやはり「3+5」と表現したいものである。これを「5+3」とすると子供たちからの反発を食らうかもしれない。「結局は8人になるんだから同じでしょう」という理屈は通るだろうか。

 たしかに計算すると結果として「8」になる。「8人いる」ということである。しかし、式というのが思考の過程を示すものだったり、世界から抽象した事態を表現するものだったりするとするなら、この場合は同じではない。やはり、「3+5」が正解だろう。「3人いるところに5人きた」ということだ。

 これは別に特別な考え方ではない。わたしたちの日常はこんなことで溢れている。むしろ、結果の提出だけを求められることのほうが少ないかもしれない。情報量を削ぎ落とし「安全か危険かだけ教えろ。それができない専門家は無能だ」というような思考停止はあるかもしれないが。

 数学自体は無時間的かもしれないが、わたしたちの思考や計算は時間的なものである。公式を適用して、できるだけ端的な表現に式変形するパズルが数学の醍醐味だと錯覚させるような物言いはちょっと狭量ではないかと、僕なんかは思ってしまうほうである。
 年を越し、さあ、そろそろ後編を書いてみようと思うのだけれど、正直、僕はちょっと緊張している。というのも、前・中編を読むかぎり、やりようによってはおよそ正反対の教訓すら引き出しうるように、僕には思われるからだ。とはいえ、まあ、あまり客観的にならないように、やってみよう。

 さて、地球球体説である。前回、前々回、僕は実際に疑ってみた。かなり素人臭のする懐疑かもしれないけれど、こんなものだろう。これだけ真面目に思考していて、もし「だから、それは科学的に否定されているから」などと説教されてしまったら、それは「科学」を嫌いにもなろうというものだ。

 しかしまあ、地球球体説を疑う人の言っていることはどこかおかしい、そうじゃなきゃいけないと思う人は多いだろう。疑うことを否定することと同義だと思い、屁理屈を捏ねられているように感じる人もいるだろう。そういった人は、まあ、自分のなかの常識を疑われるのがうざったいのだろう。

 だから、「科学的に否定されている」などといったことを言ってしまう。それは要するに「考えるのが面倒臭い」とか「説明できない」という意味であり、だったらそう言えばいいのだが、ついつい科学に責任転嫁してしまう。この手の無責任さは道徳教育などにおいても見られるが、罪深いものだ。

 このようなことを言うとき、その人は「科学的である」ということをどのように理解しているだろう。むしろ、科学的事実を盾にして相手の思考を封殺しているだけではないか。だとすると、残念ながら、それは「科学的な態度」とは言い難い。それは学識ある大人の姿ではないだろう。

 ところで、前々回から、科学の名のもとに人々を小馬鹿にする人物を、さも当然のように登場させているが、しかし実際、そのように人を辟易させるのが得意な人というのは(まあまあ)いるものである。そして、僕は無知よりも、その種の傲慢さにより強い虚しさを覚えるのだ。

 というわけで、僕はここで「科学の方法論」や「科学と宗教」といったことよりむしろ、「学問的な態度」ということを言いたいわけである。主張の再現性や反証可能性、説明能力の高さといったことは重要だし、事実が信じることとは無関係に成立しているという認識は、たしかに重要なことだ。

 しかし、それもこれも、「知ろうとする」という意欲あってのことである。この段階においては「信じようとする」と言い換えてもよいかもしれない。「わからなさ」や「疑い」のただなかにあって、よりもっともらしいものに漸近しようとする意志、それを損なわないようにしたい、してほしいと思うのだ。

 それゆえ僕は、学問的思考のエッセンスは、よりもっともらしい説明を求め、思考錯誤することを惜しまない精神にあるのだろうと思っている。要するに、軽々には「断定しない」ということである。曖昧な領域に留まりながら地道な検証作業を積み重ね、確からしさを高めるということだ。

 踏み止まる、我慢する、悩む、疑う、そして、その足踏みのなかから思い切って一歩を踏み出す、たぶんこうだろう、こう考えないとおかしいと主張する。こうした慎重さが、学問的な態度には必要である。そのときにこそ、自分の意見に対する自負や責任感が生まれる。

 しかし、どうしてそんなことをするのか。これはけっこう難しい問題である。そもそも僕自身、そんなことができているのかというと、いささかこころもとないところがある。まあしかし、それは自分の道徳心に自信がなかったとしても、子供を躾けないといけないというのと同じことかもしれない。

 「どうして科学的な物の見方を身に付けなきゃいけないの」と質問されたら、僕はその相手によって返答の仕方が変わるだろう。しかし、結局のところは、科学的な世界観というものを自分の現実として持っているということはスマートなことなのだと身をもって示したいとは思うのである。

 これもまあ、いちおう、ちょっと変則的な科学論ということができるのかもしれない。こういった問答はややカウンセリングの様相を呈しているが、科学というのはもはや日常の基礎にあるものなのだから、そこからの逸脱を修正できるような姿勢というのは大切だろう。

 だから、科学の柔軟さを硬直させないようなストレッチというのは、たまにはしたほうが良いのである。つまりどういうことか。人の話を聴き、一緒に考えてみるということである。考えるということを通して結論を出し、考え方自身を意識するようにしてみるということかなと思う。

 というわけで、本当に地球は丸いのだろうか。もし誰か、僕のテキストに目を通して地球が球体ではないと思った人はいるだろうか。いないだろう、そりゃそうである。疑いうるということは、まだ、なんらその疑われるところのもののもっともらしさを損なうものではない。

 実際、この疑っている人物は疑ってみせているだけで、その結論は保留している。充分な情報を提供し、一緒に考えてくれる人が身近にいたなら、そう心配せずとももっともな理解に到達するだろう。それに、今回はたまたま地球は球体だったが、そうじゃないこともあるかもしれない。

 そう考えるのならば、仮に円盤状の惑星が存在するとして、そのためにはどのような条件が整っている必要があるのか、その場合、どのような現象が生じうるのかと探究を進めることもできるだろう。そうすると、これはもはや非科学的とは限らない。考えることの自由は、こういうところにある。
 ところで、わたしはどうやって「地球は球体である」ということを常識として受け容れたのだろう。見たことも確かめたこともないことを、どうやってわたしは受け容れたのだ。わたしは日常生活のどこかで、一度でも地球の丸みを感じたことがあっただろうか。いや、ない。

 むしろ、球体だとするとおかしいことのほうが多いのではないか。目の前の道を直進すると同じ場所に後ろから到着するというのは変じゃないか。いや、それより、もし球体だとすると、上のほうにいる人は良いけれど、横とか下にいる人は宇宙に落ちて行ってしまうだろう。おかしいぞ。

 だが、僕は知っている、地球には引力というものがあって、物というのは下に落ちるのではなく、物が落ちる方向を下と言うのである。だが、これはいかにも詭弁染みている。この「目には見えない力」を提唱したニュートンだって、最初は「オカルトだ」と非難されたのだ。疑わしいものである。

 じゃあ、どうやって僕はこの常識を獲得したのか。それは学校で習ったからである。大人たちから、この世界(あるいは社会、文化、共同体)の先住者たちから習ったのだ。教科書を見ると、様々な惑星が球体で描かれている。地球儀なんて、そのままである。わたしはいま、そこにいる。

 だが、それははたして確実なのだろうか。教科書が誤りうるということを、僕たちは知っている。むしろそれは日常茶飯事といってもいい。教科書は真実の書物ではない。先生は地球が球体であることを確かめたのだろうか。どうして先生は宇宙飛行士じゃないんですか!と胸をドンドンしたい。

 それにしても、教師たちはいったいどうやって「地球が球体である」ということを教えていただろう。僕は理科の時間を思い出す。地球球体説の根拠はふたつあった。ひとつは「地平線の丸さ」であり、ひとつは「船の見え方」である。よし、これを自分で検証しよう、とあなたは思う。

 先生は「陸地ではわからないけれど、岬の突端から地平線を眺めると地球の丸さがわかるよ」と言った。なるほどたしかに、見渡すかぎり地平線のような視界の開けたところなら地球の丸みもわかることだろう。僕は実際、それを試したことがある。神威岬と宗谷岬と足摺岬の突端に立った。

 青い空、青い海、青いものしかないので地平線も青そうなものだが、地平線を青いと言ってよいものか、僕は少し悩んだ。ぼんやりと白みのあるゾーンが空と海の明確な境界を覆い隠している。地平線というのはどこからでも確認できるのに、どこにも存在しない。不思議なものである。

 僕は地平線を見る。「ほら、丸いでしょう」と言われたら、たしかに丸い。しかし、「ほら、あれはね、一見丸そうに見えるけど、本当はまっすぐなんだよ」と言われたら、たぶん、まっすぐにも見えただろう。人間の知覚というのは不確かなもので、目の錯覚という現象があることを僕は知っていた。

 「視界が広いと遠近感が顕著になるから端のほうは丸まって見えるんだよ」とか、「眼球は丸いから横のほうから入ってくる光は少し曲がって脳内で処理されちゃうんだよ」とか言われたら、そんなような気もしてくるだろう。これでは地球が丸いかどうかはわからない。地球は丸い以前にデカい。

 じゃあ、もう片方はどうだろう。先生は「地球というのは丸いから、船が沖に行ってしまうときは船体から消えていくし、沖から戻ってくるときは帆先から見えてくるんだよ」と言った。なるほど、地球が丸いならそうなるはずだ。僕は実際、それを試したことがある。小樽と函館と苫小牧で船を眺めた。

 はっきり言って、これは嘘と言っていいと思う。手心を加えるなら、誇張といったところか。船体だとか帆先だとか部分がどうこうという以前に、「遠すぎて船全体が見えなくなる」が正解である。高倍率の望遠鏡などがあれば確認できたのかもしれないが、残念ながら僕は持っていなかった。

 それに「沖のほうが波が高いから、船体から見えなくなるんだよ」と言われたら、そうかなという気になっただろうし、「沖のほうが海面付近の気温が低いから、光が屈折して、船体から消えるように見えるんだよ」とか言われたら、それはそれで説得力があったに違いない。

 要するに、地球球体説の根拠はどちらも不十分である。それらはたしかに、「もし地球が球体であるなら」どうなるかということを理論的に説明してはいるかもしれないが、残念ながら、それらは「地球が球体である」ことの証明にはなっていない。おい、地球、お前ホントに丸いのか?(続く)
 「Flat Earth Society」なる団体を御存知だろうか。逐語的に訳すなら「平面地球協会」といったところだろうか、その名の通り、「地球は平面である」という主張をしている団体である。この「平面である」という主張のなかには「地球は球体ではない」という主張も含まれている。

 100年前ならまだしも、人類が地球の重力を振り切って早50年、人工衛星がクルクルと無数に地球を廻り、国際宇宙ステーションに常にクルーが滞在するような御時世、「地球は平面の円盤である」という主張には言い逃れしようのない滑稽さが漂っている。

 ある人は彼らを馬鹿にするかもしれないし、ある人は間違ったことを子供たちに教えるなと憤るかもしれない、ある人は彼らが社会的な悪であるかのように断罪するかもしれない。かもしれないかもしれないと言ったが、実際のところ、人々は彼らを「阿呆らしい集団だ」と見下すだろう。

 なるほど、たしかに彼らは間違っている。地球は球体なのであり、平面ではない。それが事実である。しかし、それは端的に誤りなのであり、彼らを笑うこととは無縁である。しかし、大勢の人が彼らの主張を笑うだろう。どうしてか。あまりにも「地球は球体だ」ということが当たり前だからである。

 「地球は球体である」ということは、科学の発展により知ることのできた事実であり、大勢の人によってその知識が共有されているからである。それに対して、「地球は平面である」という主張は、まるで御伽噺の世界に迷い込んだような印象を与える。たわいない空想に思われる。

 だが、彼らの主張をいったん留保して、私たちの主張を検討するなら、そして、彼らを笑うときに感じる居心地の悪さを正直に受け止めるなら、僕たちは幾つかの教訓を読み取ることができる。いちおう言っておくけれど、僕も「地球は球体だ」と思っている。当たり前である。

 さて、いまこの文章を読んでいる人のなかで、「地球が球体である」ことを証明できる人はいるだろうか。少なくともそうでなければ、彼らの主張を無視することはできても、彼らを馬鹿にすることはできない。もし、あなたが宇宙飛行士なのなら簡単だ。「わたしは見てきた」と言うことができる。

 それを相手が信用するかどうかはさておき、実際に見てきたのだから自信を持っていい。しかしたぶん、あなたは宇宙飛行士ではないのではないか。じゃあ、どうしてあなたは地球が球体だと思うのか。宇宙飛行士やその家族に聞いたからという人は、けっこういるかもしれない。

 ガガーリンから「地球は丸かった」ということを聞いたり、ガガーリンの家族から「丸かったって言ってたよ」とか聞いたことのある人もいるだろう。僕はそうではないが、そういう人もいるだろう。だが、伝聞の信憑性が低いということを僕たちは知っているし、人の噂は頻繁に誤るものである。

 じゃあ、そもそもの、もっと専門家に訊いてみたらどうだろうか。NASA の発表で「地球は球体だ」というものもあるだろう。これなら信用できるか。いや、それも NASA の捏造かもしれない。実際、そういう噂もあるではないか。政府から莫大な予算を取るために嘘を吐いているのかもしれない。

 だが、宇宙からのビデオテープが残っているし、写真もある。いやしかし、僕たちはもう、CG や VFX によって本当は存在しないものが、あたかも存在しているように動きまわる映像や画像を見てきている。その程度の証拠を提示されたところで疑わしいものである。本当に宇宙に行ったのか?

 それに NASA なら、そういったことをやりそうなものである。人はそう思う。そういう意味では、凄まじいほどの「NASA」の説得力である。NASA が嘘を吐いているということになると、宇宙飛行士たちの証言も怪しいものだ。そもそも、少数の意見を根拠なしに信じるのは危険じゃないか。

 NASA が信用できないということになると、JAXA も、他の機関も信用できない。専門書を読めという人がいるかもしれない。しかし、文献を漁るなら、地球を円盤に描いている書物もたくさんあるのだ。自分で直接見たわけではないという条件では、球体だろうが円盤だろうが一緒である。

 いや、直接見たということをことさら信頼するのも、どうだろう。人は見誤ることがあるし、蜃気楼のようにその場所に存在しないことすらある。平面地球だと重要な理論が破綻すると言う人もいるかもしれないが、じゃあ、実例を挙げてと言われると、答えに窮する人も多いのではないか。

 本当に地球は球体なのか。そろそろ心配になり始める。どうして人々はなんの疑いもなく、それを信じているのだろう。普段は疑り深い人たちが、大勢の常識になっているというだけで確信し、自分たちと異なる意見の人たちを攻撃している。なにかおかしいんじゃないか、とあなたは思う。

 科学的事実を正義として用いる人々の科学的盲目さを、どのように胸のうちに収めたらよいだろう。これでは異教徒弾圧と同じようなものである。あの美徳であった宗教的寛容すら、ここにはない。科学的探究に寛容さなど不必要だが、科学の効用とは相手を沈黙させるためにあるのか。(続く)
 そろそろ最後にしようと思う。ちなみに、ここに書いているようなルソー理解というのは、粗削りで大雑把な僕のなかのスケッチに過ぎず、細かい知識に場所を与えてちゃっちゃと頭のなかに収めるための下書きに過ぎないので、あまり真に受けないほうがよい。偏見に満ちている。

 もし興味を抱いたのなら「おいおい、ホントにそんなに酷いのかよ?」という気持ちで僕を批判するように、自身でルソーを読んでみることをおすすめする。まあ、個人的にはルソーなんて読まないことをおすすめするが、古典を直接読み進めるというのは悪いものではない。

 しかし、ルソーに関して言うと、彼の場合はプライヴェートの逸話が酷すぎて、その著書を読んだところでルソー自身の面白さには敵わない。友人関係も出鱈目であり、ダランベールに宛てた手紙のなかで、なぜかディドロと絶交するあたりはルソーの本領発揮といったところである。
友人に対して剣を抜いたとしても、絶望することはない。剣をおさめる方法はある。言葉で友人を不幸にしたとしても恐れることはない。和解は可能なのだ。しかし、秘密を暴き立て、裏切りによって友人の心を傷付けたなら、もはや友人の心から優しさは失われる。彼は去り、そして二度と戻ってはこない。
 詳細は割愛するが、これはディドロに嫌がらせを受けたと妄想したルソーが「裏切り者め!」とディドロに噛み付いている一節である。全然関係ないはずの手紙のなかで、いきなり私怨が混じるのが熱い。ルソーはやはり、思想家というよりは、思想をアレンジする作家という感じである。

 そのときの感情に任せて、なにかに反発するために文章を書いている。ディドロやグリム、ヴォルテールといった人たちがいつもフェアだったかというと疑問ではあるが、ルソーの病的な被害妄想には負ける。しかもこのときは百科全書の<ジュネーヴ>問題の巻き起こっていた時期である。

 ジュネーヴの宗教解釈に首を突っ込んでしまい喧々囂々の騒ぎになっていた頃、ルソーもそれを批判するのだが、正直、宗教なんてどうでもいいルソーは「お前ら、ジュネーヴに劇場を立てようとしているな!そんな悪徳は許さん!やめろ!」とよくわからない方向にキレた。

 ルソーも作曲家だし、劇作家なのにである。こうした対応に疲れてしまった理系人間ダランベールは「もうやめるわ」と百科全書の編集を降りようとするし、ヴォルテールも「やめろやめろ、百科全書なんてやめろ」とか言い出すし、このときはさすがにディドロもかなりムカついただろう。

 一方のルソーはというと、文明国フランスの道徳の荒廃を嘆いたかと思うと私生活では変態行為にいそしみ、ディドロたちにジュネーヴに劇場を作るのをやめろと言ったかと思うと自分は新しい戯曲を書いて上演していた。サン・ランベールは「二度と戻ってこない人」からの手紙に、こう返信した。
君の贈り物を受け取るわけにはいかない。君にはディドロを非難する理由があるのかもしれないが(おそらくはないだろうが)、公の場で彼を非難する権利はないはずだ。君はあの告発で、彼がどんなに苦しんだかわかっていない。(中略)
 私とは互いに納得し合うにはあまりにも主義が違いすぎる。私の存在など忘れてしまえ。私も君のことなど忘れてしまい、君のことや君の才能を思い出すこともないと約束する。
 熱い展開である。だが、もっと熱いのは、ルソーがこの類の手紙を書かれるのは、これが初めてではないということである。記録にある限り、ここまでで同種の手紙を三通、書かれている。一通はグリムからルソー、一通はディドロからグリム、もう一通はエピネ夫人からルソーへのものである。
もし私が君を許せるなら、私は自分を友を持つのに値しない人間だと考えなければなるまい。二度と君には会いたくない。そして、もし君のふるまいを記憶から消し去れるなら、どんなにか幸福だろう。私を忘れてくれたまえ、そして、これ以上私の邪魔をしないでくれ。
 これがグリム。そして、次がディドロからグリム宛の手紙。
彼は気違いだ。私はありったけの力で彼の行為を非難したが、彼は怒りにまかせた自己弁護をして私を苦しめた。(中略)
 ああ、この怒り狂った男の光景、なんという男なのだ! もう二度と彼には会いたくない。彼は私に悪魔と地獄の存在を信じさせた。
 すごい言われようである。そして、エピネ夫人からの手紙だ。
何年もの間、私はあなたに友情のあらゆるしるしを差し上げてきました。しかし、いま私にできることはあなたを憐れむことだけです。あなたはたいへん不幸な人です。(中略)
 私はもうこれ以上、あなたに言うことはありません。
 どんな事情があるにせよ、ここまで言われる人間はそういないのではないかと僕は思う。なんらかの精神疾患や脳の器質的疾患を疑ってしまうところだが、それこそ憶測なのでやめよう。しかし、ルソーもやられっ放しではない。だからこそ泥沼に突入する。彼はヴォルテールに手紙を送った。
私はあなたが嫌いだ。あなたの弟子と熱狂者、そしてあなたは私に最もひどい苦痛をもたらした。(中略)
 一言で言えば、私はあなたを憎む。あなたがそう望んでいるからだ。しかし、もしあなたがそう望むなら、私は心の中にあなたへの一抹の愛を残して憎む。
 私の心には依然としてあなたの才能を称え、あなたの文筆を愛する気持ちは残っている。私がただ、あなたの才能だけを評価したところで、それは私のせいではない。今後、私があなたの才能だけを褒めたとしても、それは私の罪ではない。
 そうさせたのはあなただからだ。
 熱っつい。というか、面倒臭い。親しかった友人たちに対する全方位射撃である。さすがのヴォルテールもルソーのこの手紙には返信しなかった。そして、ダランベールに宛てた手紙の中で、こう語る。
私はルソーから長い手紙を受け取った。彼は完全に気が狂っている。(中略)彼は友人たちを見捨てたのだ。彼は私に気違いでも書かないような手紙を書いてきた。
 気持ちはわかる。もし仮にヴォルテールがすべて悪かったのだとしても(おそらくそんなことはないだろうが)、ルソーの相手をするのは面倒臭い。その著作からルソーは名声もあり、どこに行っても歓待されるのだけれど、どこに行ってもルソーは不満を感じ、喧嘩をするか脱走している。

 そして、どうして自分は誰にも理解されないのだろうと嘆いた。もうみんなわかっているだろうけれど、はっきり言って、僕はルソーが嫌いである。歴史上の人物でこんなにうんざりする人間がいることに驚いてしまう。だが、彼は魅力的な人間だし、晩年のルソーの嘆きには感じるものもある。

 『告白』 というとアウグスティヌスを思われる方も多いと思うが、あれは人前でそろそろと帽子を脱いだようなもので、告白というにはなまぬるい。一方、ルソーの 『告白』 というのは、これは人前でとりあえずズボンを下ろしたようなもので、そこからさらに全裸ネクタイまである。

 ルソーは困った男だが、面白味のある気の良い変態だっただろうなという気はする。直接会って話すことができたら、けっこう刺激的で楽しかったのだろう。まあ、フランス語あまりわからないけど。ド・スタール夫人はルソーの死後、彼をこう評している。
ルソーは新しいことは何一つ生み出しはしなかったが、あらゆるものに火をつけた。
 これはなかなか、なるほどと思うところがある。『エミール』 の含蓄のあるところはモンテーニュやフェヌロン、ロランやロックなどに負っているし、『社会契約論』 もロックやプーフェンドルフ、グロティウスやホッブズなどに負っている。強固な「主権在民」の主張以外に、どこか役に立ったのか。

 当時の市井の人たちが 『社会契約論』 を精読していたとはとても思えない。精読した人は極端な話、ロベスピエールくらいのものではないか。基本的に脳内お花畑のルソーの思想は、「一般意思」や「市民宗教」などの謎概念も含んでおり、かなりグロテスクである。

 まあ、グロテスクさということでは 『社会契約論』 が特別だとしても、さまざまなルソーの著作は、読者の思考に訴えかけるというよりは、読者の価値観を揺さぶるタイプのものだ。感情的なフックが効いている。そういう言論家というのは往々にして、反論を受けることでテーマセッターになる。

 それがルソーにとって見越していたことなのか幸せなことだったかどうかは定かではないけれど、ルソーはいつも言論の渦中にいたし、ルソーはいつも情熱的な何かを求めて悲嘆に暮れていた。行動を起こすたびに傷付き、怒り、後悔した。僕はほとほと、そこに人間を見るのである。(終)
 さあ、書いていこう。とは思うのだけれど、これを書き始めるにあたり、ルソーの発言を確認しているうちに本当にイライラしてしまい、かなり思考を放棄しかけたことを最初に言っておこうと思う。ルソーの言うことは首尾一貫していないし、無責任だからだ。こういう人間は無視したほうがいい。

 そして、実際、ヴォルテールやディドロがとった方策とは、そのようなものだ。しかし、無視されるとルソーは逆切れして、かなり粘着してきた。仕方ないから構ってあげると「嫌がらせをするな!」と怒鳴る。本当にどうしようもない男だ。いや、それはさておき、まずは自然状態である。

 ルソーは自然状態において、人は自己愛と憐みに満ちており、完全に自由で独立していると考えていた。このとき、自己を愛するという「感情」が基礎にあることに注目してほしい。また、自己を愛する人ほど、他人を憐れむことができるとルソーは言った。

 なぜなら、他者の貧しさから受け取る不快感は、自分を愛する人ほど強いからである。人が苦しむのを見ていることに自分が苦しいから、人は他者を憐れむのである。ルソーの自然状態に貧しさがあるのが謎だが、ここでも自己の「不快感」や、それを受け取る「感受性」が基礎にある。

 とにかくこのように、ルソーにとっては「人は自然状態においてこそ完璧」なのである。ホッブズや当時の常識とは逆である。しかし、真に逆であるのはここからである。そんな完璧だったはずの人間が、どうして現実の私たちのような人間になるのだろう、その問いにルソーはこう答えた。

 理性や文明なんてものがあるから、人はダメになる。ルソーは仲間の啓蒙思想家たちが教会の権威から脱却するために頑張っているなか、理性はたしかに重要かもしれないけど、それだけじゃダメっていうか、それこそがダメと言った。理性なんかがあるから、人は競争と敵対を始めちゃう。

 ルソー自身、感情的な人だったが、ルソーは理性よりも感情に重きをおいた。ルソーは 『エミール』 において「万物をつくる者の手をはなれるときすべてはよいものであるが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる」と言っているが、これは人間社会で知恵を付けるとダメになるということである。

 ルソーは理性の素晴らしさをうたう、しかし、理性により感情が腐敗するともうたう。嫉妬や疑惑や憎悪といった感情は後天的に人が知恵を付けることによって生まれる罪悪であり、ルソーのいう自然状態の人は持っていない。全員がアタラクシアの夢の中、牧歌的な幸福を味わっているのだ。

 だからルソーは「子供に余計なことはするな」と言った。このとき、子供は小さな大人でも、わがままな子鬼でもなく、天使になった。「子供には子供特有の感じ方、考え方があるので、それを尊重しなさい」と言った。ちなみに、これらの言葉は「子供」を「ルソー」に置き換えて読むべきだろう。

 そして、文明があるからこそ、人は他の人に依存するようになってしまうし、私有財産などというようなものを認めるから貧富の差が出てきてしまうのだと説いた。だからこそ、裕福な人は横領や搾取を始めるし、貧困な人は略奪や強盗を始めてしまう。これがダメなのだとルソーは考えた。

 だから、ルソーは未開の人々こそが素晴らしいと言ったし、非文明的な状態こそ幸福だと言った。これは一種のオリエンタリズムだろう。だが、ルソーは「自然状態はもはや存在しないし、一度も存在したことがないし、これからも存在しないだろう」とも言う。困ったものである。

 とにかく、これはホッブズの性悪説的な見方に対して、性善説的な見方としてよいだろう。結局のところ、これが衝撃的だったのだ。子供も大人もひとしなみに善い存在であり、悪いから型に嵌めるのではなく、型に嵌めるから悪くなるのだと説いた。この価値観だけは、比較的一貫している。

 そして、ルソーは自然の感情の素晴らしさをうたった。そして、それは時代の求めた自由とも適合した。人々にとっては理性もまた、力強いものであるものの、鬱陶しいものでもあったのだろう。ルソーは情感豊かに理想を語り、人々に素敵な夢を見させることがとても上手だった。

 だが、このルソー、ダメダメ言うのに歯止めが利かなくなる。僕が思うに、ルソーを突き動かしていたものこそが、まさにルソーが忌み嫌った文明によって毒された自尊心だっただろう。ルソーは胸中に渦巻いた不満を理性に頼って排出していた。まさに「感情のまま」に。

 ルソーの場合、これはどこか「いまからするのは悪いお手本だからね」と言いながら、お手本を示す行為に似ている。ルソーは理性を素晴らしいものとして認めながら、理性を非難した。なぜなら、人間本来の感情のほうがもっと素晴らしいからである。これは逆説的な人間賛歌になっている。

 これが嵐を巻き起こしたのだ。18世紀の人々がもうそろそろ、頭を使うことに疲れていたというのもあるのではないかと思う。もともとポテンシャルの高いブルジョアやインテリ以外の人たちには、これこそが福音に聞こえたかもしれない。事実、理性信仰は行き過ぎたところがあったのだ。

 だからこそ、死後のルソーの名声は、ヴォルテールたちに対するカウンターとして機能することになる。実際、借り物の言葉だとしても、ルソーはところどころ面白いことを書き残していた。要するに、ルソーがもし不幸だったとしたら、それは純粋に、彼の徳のなさ、素行の悪さにある。(続く、か?)
 「善く行くものは轍迹なし」とは老子の言葉で、僕も理想とするところではあるが、歴史に名を残す人というのもまた、やはり偉大なものである。たいていの場合、彼らはそれまでにあったものを否定すること、超克することで新しいことを為す。とりわけ思想の潮流に関してはそう言える。

 そういうとき、思想家はおおまかに三種類に分けられる。「作る人」「作るために壊す人」「壊す人」の三種類である。ソクラテスは壊す人だ。アリストテレスは作る人だろうか。バークリは作るために壊す人かな。ニーチェはもちろん壊す人だ。そして、ルソーも壊す人である。

 ルソーが壊すものは権威だったり理論だったり、そういう通常の思想家が相手にするところのものではない。最初から、ルソーがゆさぶっているのは価値観である。彼を苛立たせるのは彼を抑圧するもの、というか、彼に押し付けられるもの全部かもしれない。

 ルソーの「したいようにさせろよ!」という駄々を落ち着かせようとするものには、その効用を見定めることなしに手当たり次第に反発するから、その結果として、性悪説的な人間観に基礎付けられて築かれてきた社会の秩序を根底から覆す主張になっているという感じだろうか。

 たとえば、わかりやすい例としては、社会契約説におけるホッブズとの違いを見てみよう。ホッブズは自然状態において、人は「万人の万人に対する闘争」状態に陥ると考えていた。というのも、現実社会ではさまざまな階級による秩序があるが、自然状態では皆が均質で自由だからである。

 自由だからこそ奪い合うというわけである。ニュースで見たことのある光景だ。自然状態において、人は自己保存のために「なにをしてもいい自由」と「あらゆるものを手に入れる権利」を持つ。これがホッブズのいう自然権(理論的に皆が持っていて当然の権利)である。

 生き延びるためになにをしてもいい権利があったら人はどうするか。ホッブズは考える。たぶんいま、これを読んでいる人の念頭に浮かんだことと同じことをホッブズは思った。ああ、こりゃ奪い合うね、たまに殺すわ。逆に言うと、そう考える人は奪われたり、殺されたりする可能性もある。

 この自然状態を一言でまとめるなら「サザンクロスシティ」である。人間というのは「おれつえー!」「でもこえー!」の二種類の情念を持っているとホッブズは考えていた。オレ強いから奪うけど、オレ強いけど奪われるかも、なにそれこわい。ここに自己保存のための自然権の矛盾が露呈する。

 生き延びるためになにをしてもよいというのが自由なのだが、皆が自由であるがゆえに皆の自由が侵されてしまう。じゃあ、皆でその自然権を放棄することを約束して、遵守することにしましょう。こうした契約によって作り出された絶対主権が、すなわち国家である、とホッブズは言った。

 ひとりひとりの自然権を集めて錬成された人工的人間、それが人造人型決戦兵器リヴァイアサンなのである。このおかげで人々は自然状態の恐怖から解放される。だが、この生き物は国民の契約に由来しているので変更も否定もできない。また、たまに内乱という怪物ビヒモスと戦ったりする。

 さて、こうしたホッブズの考えは、性悪説的な人間観に基礎付けられていると言ってもいいだろう。ちょっと先鋭化されてはいるけれど、こうした価値観というのは、当時の人にとっても(渋々であろうとも)納得できるものだっただろう。これはおそらく、常識の延長線上にあった価値観だ。

 人間は弱い、無知であるなら愚かでもある。自然に任せたままだと、人は粗野な獣と変わらない。自堕落を教化して、奔放な欲望を抑え付け、道徳と法律で秩序を与えなければならない。それは聖職者と統治者の務めであり、人々を人間にするために必要なことである。こういう感じだ。

 ちなみに、いまでも欧米においては人間の獣性は嫌われる。八重歯や尖った耳が忌み嫌われるのは、それが獣性を帯びているからである。これはたぶん、かなり感覚的なものだ。穢れの思想から、日本人が他人の茶碗や箸を使うことを忌み嫌うというようなことに似ているだろう。

 ツラツラと書いているせいか、どうも長文になってしまい、なかなか先に進まない。時代の反逆児ルソーのことは次回に書きたい。ちなみにロックの自然状態は、ホッブズの自然状態に「他者危害の原則」がビルトインされているようなものである(専門家に怒られそうな理解だ)。
 僕は最初、ルソーが理解できなかった。いや、もちろんいまでも理解しているとは言いがたいから、どう押さえたらよいのかわからなかったというのが適切だろうか。部分部分はわかるのだけれど、全体像が見えてこないという感じかもしれない。組み合わせても一人の人間にならない。

 『エミール』 のルソーがいて、『社会契約論』『人間不平等起源論』 のルソーがいて、『告白録』『孤独な散歩者の夢想』 のルソーがいる、保守にも仲間にも嫌われるルソーがいれば、大衆の喝采を受けたルソーもいて、影響力としてのルソーもいた。こうなるともう、よくわからない。

 というか、そもそもルソーには胡散臭いイメージがあった。ルソーというのは言葉を引用されやすい偉人、名言先行型の人物だと思う。僕もそんな講演を何度か聴いたことがある。「人間は自由なものとして生まれた」だとか「人間は二度生まれる」だとか、そんな話である。

 それを「活動家」「運動家」「啓発家」然とした人が、したり顔して引用するのだ。そして、やはり素晴らしいことを言っている、とりあえず間違いないみたいな微笑みを受けて、聴衆も拍手しなきゃいけない雰囲気になる。なんだろうこれは、なんだか信用ならないのだ。

 ルソーくらい人間の悲哀を体現していて、「いや、でも、それ自業自得だから」というツッコミ待ちしている人もそういないと思うのだけれど、それがやけに薄っぺらい。ルソーはときに「矛盾の人」と言われるが、ルソーのちょっと良い話だけ聞いても、ルソーの「うおー!」は感じられなかった。

 ルソーがどうしてそんなことを言ったのかいまいちわからないんである。ルソーのモチベーションがわからない。酷いときには「本当にそんなこと言ったのか?」というような気持ちにすらなった。もうひとつ、僕のわからなかったのは、ルソーの影響力である。

 こういう風な印象を持っていると、ルソーというのは別に大したことなかったんじゃないのかと思いそうなものだが、実のところ、ルソーの影響力には凄まじいものがあった。哲学・文学・芸術・教育・政治、そして、市井の女性などにも絶大なる影響を与えている。いったいどういうことなんだ?

 カントは散歩を忘れるほど 『エミール』 にハマり、「道徳界のニュートン」とまで言ったし、ゲーテもファウストに「感情のみが全てだ」と言わせた。教育界ではペスタロッチにモンテッソリ、デューイなどが影響を受け、フレーベルは幼稚園を創った。情操教育の走りのようなものである。

 ジェファーソンはロックやモンテスキューの思想と一緒に、ヴォルテールと、そしてルソーを吸収していったし、趣はかなり異なるが、ロベスピエールはルソーを用いて独裁政治を行った。そしてなにより、ルソーは上層階級の人たちだけではなく、中流・下層階級からの支持が厚かった。

 ほとんど同時代の人たちだけでこれである。後世の影響までを考えると、それは計りしれないものがある。いったいルソーのなにを読むと、この影響力を理解できるのだろう。どこを読むとルソーの衝撃というものを感じることができるのだろう。僕の「わからなさ」は、このあたりにあった。

 僕はいまいち理解力や読解力が低いので、最初に、理解したい対象をより大きな文脈のなかで戯画化しないと、そこにある情報を自分のなかに適切に位置付けられないところがある。そんなこんなで、僕がルソーに貼ったレッテルは「西欧に性善説の嵐を吹かせた人」である。

 この人は性悪説が常識として蔓延っていた近世において、性善説を下敷きにして馬鹿みたいに理想を語った「素朴にして雄弁な子供」だったと押さえると、僕のなかでは、ルソーのすべてがシックリ収まってくる。そして、その言葉のほとんどがルソーの言い訳に聞こえてくるのである。(続く)
 ジャン=ジャック・ルソーというのは、よくわからない知名度のある人だ。いまこれを読んでいる人のなかで「ルソーを知らない、聞いたこともない」という人はたぶん、いないだろう。かといって、なにをやった人なのかと問われると、いまいちはっきりしないところがあるのではないかと思う。

 というのはやはり、高校の授業における中途半端な紹介によるだろう。ルソーはまずもって「政経」か「倫理」の時間に現れる。社会契約論のときに「自然状態」を背負って現れ、青年期の心理のときに「第二の誕生」を背負って現れる。そして去っていき、もはや戻ってこない。

 いやしかし、それでもヴォルテールと比較したら、よほど恵まれているかもしれない。ふたりとも18世紀のフランスを代表する人物、時代の精神といってよいと思うけれど、ルソーがなんとなく常識になっているのに対して、ヴォルテールの知名度のなんと低いことか。

 人間というのは根本的なところで頭を使うことがあまり好きではなく、おそらくそれほど得意でもないのではないかと深読みさせられてしまう。ちなみに、同時代のイギリスに生きたサミュエル・ジョンソンは、ヴォルテールを「知性的愚者」と評し、ルソーを「感情的愚者」と評した。

 どっちにしても邪悪な愚者であるのは、彼らがともに教会を中心とした権威や伝統を完膚なきまでに破壊しようとした啓蒙思想の旗手であり、それによって実際、半壊させられてしまうからである。彼らがフランス革命の、そしてアメリカ独立戦争の思想的背景にいたのは御存知の通り。

 これはニュータイプがオールドタイプを批判している様子を想像してもらうとわかりが良いだろう。教会の重力に魂を縛られた人たちを解放するために、彼らは「皆が本来的に持っている「理性」を働かせて「科学」的に思考し「社会」を「進歩」させるなら「幸福」になれる!」と説いた。

 いい加減、教会の腐敗と僧侶の傲慢に嫌気のきていた民衆は、これを熱狂をもって迎えた。啓蒙思想家に感化された人々は「神」よりも「理性」を信仰するようになった。ここから、伝統と秩序の息苦しさから解放されたフランスは自由と平等の混乱を味わうことになる。

 日本という国家の憲法はアメリカ人によって作られたというのはよく知られた事実であるが、そこでは「信教の自由」もうたわれている。これは一見したところ「なにを信仰してもよい」という権利に思われるが、起源を遡るならば、これは「カトリックを信仰しないでもよい」という権利だろう。

 さて、こうした啓蒙思想を押し進め、そのメインストリームにいたのは、ほかでもないヴォルテールであり、ディドロであり、ダランベールだった。晩年ちょっとひよっているところもあるが、最期まで、ヴォルテールは知の騎士だった。さて、ルソーである。ルソーはどこにいってしまったのだろう。

 当初はルソーもこのメインストリームにいた。だが、持ち前の気性の激しさからディドロと絶交し、ダランベールと不仲になり、ヴォルテールと不仲になり、ヒュームと不仲になり、グリムからは嫌がらせを受けた。ルソーほど「絶交」という言葉の似あう人間はそういないだろう。

 こうなると、どうして親交できていたのかがむしろ謎である。たしかに相性が悪そうな感じはある。ヴォルテールやディドロはいかにもフランス的で男性的なのに対し、ルソーはどこかドイツ的で女性的である(思想が、という意味である)。だが、それ以上に価値観が根本的に異なっている。

 いや、ちょっとずつ、なんか違うぞという思いがルソーのなかに積み重なっていったという感じだろうか。近縁にいたからこそ、その違和感も強かっただろう。未来人の僕はルソーをあまり好まないけれど、この時代において、ルソーこそがまさに真正の破壊者だったのだと僕は思う。(続く)
 フランスの歴史家、フィリップ・アリエスが 『<子供>の誕生』 を発表したのは1960年のことだ。Amazon を見ると子供に<>が付いていないが、これは誤りで、山鉤括弧を付けるのが正しい。つまり、ここにおける「子供」というのは、近代的な「子供という概念」という意味である。

 このアリエスの著書は、とりたてて読む価値のあるものではないけれど、一読の味わいはある作品となっている。あるいはこの著書に限らずとも、「子供とはなにか」という眼差しは、翻っては「大人とはなにか」という視点を逆照射するため、大勢にとって面白いものかもしれない。

 子供を「子供」として区別するということは、良かれと思って大人のやりだしたことだが、「子供を大人から排除する」ことが子供にとってありがたいことかどうかは不明である。まあ、人権としての必然であるかもしれないが、大人のいう「子供」が「大人ではない」というだけのこともままある。

 優先されるのは「大人」である。大人の社会である。そこから子供は排除される。そして、教育され、統合される。簡単な話である。そうしておいて、面倒臭いことに大人というのは「子供」にいろいろなものを託す。そこに郷愁を感じることもあれば、無垢や素朴を期待することもある。

 本来であるなら、子供自身が子供とはどういうものなのかを語ることができたらよいのだけれど、子供とはなにかを語ることのできる子供が、はたして子供を代表しているかという問題はある。語弊を承知で言うならば、子供とは無知であり、無知であるからこそ子供だからである。

 ここには「我慢」という行為に似た不可能性がある。我慢というものを「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ」ことだとすると、辛抱や忍耐の上位版としての「真の我慢」とでもいうべきものは、「我慢できないことを我慢する」ことだ。できないことをせよ、という内なる指令である。

 とすると、本来、我慢とは不可能な行為である。だが、人は我慢する。我慢できる。その不可能性に直面し、なお、自身の言動を胸のうちに思い留めることができる、これはどういうことだろう。もしかすると、これは精神論だからこそできる、正当なる詭弁なのだろうか。

 ここにはふたつの見方があると思う。ひとつは「我慢は次第にできるようになる」という成長による我慢の拡張という見方であり、もうひとつは「真の我慢は認識できない、できたとしても語れない」という我慢の不可知論である。いや、そんなことはどうでもよいのだ。

 子供である。「子供」でなにか書こうと思い、僕は最初、ルソーを考えた。ルソーというのは知れば知るほどろくでもない人だったが、よくよく考えて見ると18世紀のフランスにはろくでもない人しかいない(偏見である)。にしてもルソーは出色のろくでなしだ。だが、ルソーを読む価値はある。

 そんなこんなで、ルソーのなにかを書こうと思っているうちに、ヴォルテールとベネディクトゥス14世の対話を打っていた。それがこれである。

 理想郷におけるエピローグ
 http://kourick.net/Durant.htm

 これはウィル・デュラントの 『世界の歴史』(全32巻)の第29巻に収められている対話である。おそらくデュラント夫妻の創作だと思うけれど、これがよくできていて面白い。もともとそんな気はなかったのだけれど、ところどころちょっと笑ってしまったので打たせてもらった。

 デュラントの 『世界の歴史』 はそれほど評価の高い歴史書ではないかもしれないけれど、僕はけっこう好きで読んでいる。というわけで、今週はこのあたりのことを書けたらよいかなと思っている。しかし、こういう予定を立ててしまうと、途端にやる気が失せてくるから不思議である。
 「ものを覚えられないのは興味を持っていないからだ」と聞いたことが何度かある。だが、興味を持っているのに、どうにも頭に入ってこないものもある。それは例えば、「ドラムンベース」だったりする。誰に尋ねられることもないだろうが、僕はもう、その言葉を何度も検索している。

 僕が「ドラムンベース」を理解するために費やした時間はどれほどのものだろうか。たぶん、1時間や2時間では済まないのではないか。ことによると、6時間くらいは「ドラムンベース」に弄ばれているのではなかろうか。なにがいったい、僕をそうさせるのか。興味とは恐ろしいものである。

 だが、興味があるにも関わらず、僕の理解は一向に進まない。あれ、どっちがテツでどっちがトモだっけ、というか、どっちが赤でどっちが青だっけ、みたいなものである。今日も僕は Wikipedia で「ドラムンベース」を検索した。そこには、こう書いてあった。
基本的にはジャングルと同じように高速で複雑なリズムと低いベース音を特徴とした音楽。
 なるほど、と僕は思う。なにが「なるほど」なのか、いまとなってはもうわからないが、たぶん、毎回思っているだろう。だが、僕はこの程度の理解では飽き足らず、さらに読み進める。すると、今度はこう書いてある。
幻想的なパッド音などを用いたフューチャリズムに根ざし、幻想的でありながらも冷徹でもあるサウンドは、ジャングルとは似て非なる。
 わからないはずである。おそらく、これでドラムンベースのことを理解できる人は、そもそもドラムンベースなど検索していないだろう。そして、ここにはもうひとつ問題がある。「似て非なる」である。これはもちろん「似て非なるサウンド」ということなんだろうが、そこは省いていいものか。

 いや、僕が正直に「わからない」ということを認めるとなると、「もちろん」などということも言ってはならないかもしれない。もしかすると「似て非なる」のあとには、僕の想像するものとは異なるなにかが収まるのではないか。とにかく、わからない人の勝手な想像に踊らされてはならない。

 ことによると、「ジャングルとは似て非なるパッションをもたらす」とか「ジャングルとは似て非なるクリエイタのソウルがある」とか、なにかもっと似て非なるものかもしれない。わからないのだ。さて、ここまで読んできた人はそろそろ、「そもそもジャングルってなに?」と思っているに違いない。

 安心していい、僕もわからない。どうして僕がわからないと安心していいのか、それすらもわからないことになってきているが、わからない人というのはときによくわからない自信を持っているものである。いやむしろ、たいていの場合はそうだ。逆に専門家は自分の発言に自信を必要としない。

 話を戻そう、ドラムンベースである。僕はいまだに「ドラムンベース」のなんたるかをわかっていないのだが、Wikipedia のテキスト、これがなかなか心の隙を突いてきている。どうもわかったような気にさせられる。どこか「わかった」と納得するように仕向けさせられている。

 はっきり言ってわかってはいないけど、これでわかったということにしといてやろう、そんな気持ちにさせられる。それでいて、「ふむふむ、つまりどういうことなの?」などと尋ねられると、あたふたしてしまうのである。じゃあ、これはどうだろう。これは「ドリルンベース」の説明である。
サンプリングビーツを、一度解体、分割 し、一音ずつにリバース、ディレイ、大胆なピッチシフトをかけることによってドリルンベースならではの、ブロークンでありながらリズミカルなビートが完成される。
 完成された。まず、わかるのはそのことだ。完成してよかった、そこで読者はホッとする。しかも、ドリルンベースならではのものが完成した、これは喜ばしいことだ。通常ならこのあたりで「なるほど」とか思っておかないといけないところである。だが、ここでふと我に返ってしまう不幸な人もいる。
「それで、結局、ドラムンベースとドリルンベースってどう違うの?」
 内心、焦りながら、僕は澄ました顔をして答える。
「ああ、ドラムンベースは幻想的でありながらも冷徹なサウンドなのに対して、ドリルンベースはブロークンでありながらもリズミカルだよね。まあ、いずれにせよ、ジャングルとは似て非なる」
 僕にはやっぱり、よくわからないんである。
 さて、そもそも古事記は、なんのために編まれたのだろうか。意図は定かではないが、目的ははっきりしている。それは、古事記の筆録者・太安萬侶(おおのやすまろ)の書いた序文によると、「帝紀(天皇の系譜)と旧辞(古代の伝承)を削偽定実すること」である。
 聞いたところによると、「諸氏族が持っている帝紀と本辞は、すでに真実とは異なり、虚偽が加えられている」そうだ。いまのうちに誤りを正しておかないと、近いうちに本旨が失われてしまうだろう。
(中略)
 だから、帝紀を一書にまとめて、旧辞を詳細に検討して、偽りを削り、実を定め、後の世に伝えたい。(意訳)
 これは天武天皇の言である。そして、天皇は手を打った。
ここに舎人あり。氏は稗田、名は阿礼、28歳。人となり聡明にして、一目見たら誦めるし、一度聴いたら記憶できた。そこで天武帝は、阿礼に命じて、帝紀と旧辞を誦習させた。(こっちも意訳)
 さて、ここで謎の人物、阿礼、登場である。舎人とあるため、もちろん男性だ。しかし、天武天皇は「したいなー」と手を打ったものの、完成はしなかった。天武天皇から、持統天皇、文武天皇と続き、実に元明天皇の代になってから、ふと思い出したように太安萬侶に詔が下る。
稗田阿礼の誦める帝紀と旧辞を一書にまとめて献上しなさい。
 これが711年9月18日のことである。このとき、稗田阿礼は何歳だったのだろう。生没年不詳なのではっきりしないが、天武天皇の在位が672年から686年なので、若くて53歳、老いていたら67歳、わりと高齢だ。このとき、太安萬侶も55歳前後だったのではないかと考えられている。

 そうして撰進されるのが712年1月28日であるから、実に四ヶ月あまりで完成したことになる。これは早い。古事記の編纂は、平城京遷都(710年3月10日)にあたっての修史事業の一環だったのだろうと思うが、叔父の忘れ形見はしっかり成長していたのである。

 常識的に考えて、太安萬侶に詔が下った段階で、現在の古事記のもととなる資料というのは完成していただろう。要するに「ソースは阿礼!」という感じである。これは天武天皇のチェックの入った由緒正しい記録と記憶だ。有象無象の記録と口承から厳選されたソースである。

 想像であるけれど、このとき、数多ある断片的な文献・口承資料を集め、書かれた古語や話の整合性をチェックしたのは稗田阿礼だったのだろう。数学者によってそれぞれ好き勝手に使っていた記号の用法をまとめることになったデカルトみたいなものである。

 そうして稗田阿礼の言挙げする「正しい歴史」を太安萬侶が改めて文字に起こす。これは一種の儀式であろう。また、このときの太安萬侶の発想、その姿勢にも感服するものがあるので、古事記の序文に書かれた本人の言葉をみてみよう。ここにあるのは最古の凡例である。
しかし、古の時代のことは、言(ことば)と意(こころ)がどっちも朴(すなほ)なので、文章にしようとするとき、漢字を使って表現することが難しいものです。

漢字の訓を使って述べようとすると、詞(ことば)が心(こころ)と一致しないし、漢字の音を使って書き連ねようとすると、文章が見た目に長すぎる。

なので、ある場合は音と訓を交えたし、場合によっては、訓のみで書きました。そういうとき、文脈が分かりにくいものには註を付けました。ただ、音註をあまり付けすぎると煩雑になってしまうので、わかりやすいものに関しては省いたよ。(もちろん意訳)
 これである。当時の公文書は、およそ漢文によって書かれていたわけだけれど、それでは本意が伝えられないと安萬侶は思った。どういうことか。卑近ではあるが、わかりやすい例を挙げよう。「おしっこ」は漢字で「尿」と表記するが、普段の生活で「尿」と発することがあるだろうか。

 子供に「尿、してきなさい」とは言わないだろう。こういう言葉はけっこうある。漢字というのは現代においても書き言葉としてのみ機能していることが少なくない。外国語を勉強していても、うまくニュアンスが表現できず翻訳しづらい言葉は「ひらがなの言葉」であることが多い。

 それはその社会・文化の生活に寄り添っている言葉だからである。魂が宿っているのだ。「おしっこ」に魂が! さて、古事記は本来、天武天皇が稗田阿礼に誦習させたものである。もともと、口承性の強い作品なのだ。だが、記録に残そうとすると漢字を使わざるをえない。

 そこで太安萬侶は苦心して、上記の様な序文を書いた。具体的な例を挙げると、「おしっこ」を「尿」としたり「於此子」みたいに書いた(仮にそうだとしても、もっと言い方がないものか)。このあたり、古事記が「日本の古語・古意によって古代を語った書」といわれる由縁であろう。

 再び、デカルト先生に登場願うと、当時、学術的な文章はラテン語で綴るのが一般的だったのに関わらず、デカルトは1637年、『方法序説』をフランス語で発表した。一般人でも読めるように。もしかすると、太安萬侶にもそういう意図はあったかもしれない。誰でも語り継げるように。

 そして、当時、最新の漢文体という表記法を退け、日本の古語・古意でなければ伝わらないものがあると考えた。こうした歴史認識はなかなかできたものではないと思う。とはいっても、漢字を使わないと表現できない。そこで編み出されたのが、上記のような独創的な表記法である。

 さて、いよいよ、どうしてこんなことを書き連ねているのか、僕自身、行方不明になってきたので、話を戻そう。稗田阿礼は女性だったのかどうかである。Wikipedia にも女性説が載っており、論拠は「猿女君の末裔だから」と「『アレ』は巫女の呼称だから」となっている。

 前者に関しては「猿女君の末裔・稗田氏にも、男性の人間はいただろう」ということで尽きてしまう。舎人は巫女じゃないし。後者に関しては、当時の戸籍を参照すると「アレ(阿礼)」というのはむしろ男性の名称であるそうだ。女性であるなら、「アレメ(阿礼売)」にならないといけない。

 これはたぶん、神名の慣習に倣っているのだろう。アメノウズメノミコトも「ウズメ」である。女神には「メ(女、比売、姫)」などの字が宛てられる。特に巫女を神格化したような存在には特徴的であり、もし阿礼が女性だったのなら、なおさら「メ」は付けられていたに違いない。

 ただ、女性説が広まったということには、なにか納得できるものがあるのも事実だ。少なくとも、僕はそう思う。たとえば、文字を持たないアイヌの口承の物語のことをユカラと言うが、これはどこか女性だけが謡い、語り継いでいるようなイメージがないだろうか。

 これはその行為に先立って、シャーマンだったり、巫女のイメージが浮かぶからだろう。古来、かんなぎには男性もいるわけだけれど、どういうわけか女性のイメージが強い。実際、在野のかんなぎということになると、イタコや歩き巫女のように女性が多かったという事実もあるだろう。

 また、ヒステリー症状を起こす人は女性に多かっただろうから、いわゆる神憑り的な状態に陥るのは感受性の強い女性が多かっただろう。そうしたトランス状態が、儀式における感情的な側面としての神秘性を担っていたというのは想像できる。

 つまり、こういった民間のイメージが稗田阿礼を女性にしていった。漢文という男の学問のスペシャリスト・太安萬侶に誦み聴かせをした可愛らしい阿礼(?)が男性のわけがない! 要するに、稗田阿礼は日本史上初の「男の娘」だったのだ! だが男だ。
 東方project というシューティングゲームを主体とした作品群がある。僕は「地霊殿」までをけっこう遊んだ。ちなみに、ゲームとして一番好きなのは「紅魔郷」、背景やストーリを含めて好きなのは「永夜抄」、設定との絡みでよく考えられているなと思ったのは「風神録」だった。

 その作品のなかに「稗田阿求」という女性が登場する。女性である。彼女は舞台となっている幻想郷の異変や妖怪のことなどを巻物にまとめ、後世に伝える役目を担った人間(離れした人間)なのだけれど、こうした表象というのはどこからきているのだろう。『蟲師』の狩房淡幽などもこれに近い。

 少し逸れるけれど、『うしおととら』のお役目様や『乱と灰色の世界』のお館様のように、結界能力の高い人物というのも女性として描かれることが多い。どういうわけか漫画の例ばかり思いついたが、イメージとして女性のほうが見栄えするということもあるのかもしれない。神秘性もある。

 この「稗田阿求」というのはむろん、古事記の編纂者の一人といわれる「稗田阿礼」がモデルになっている。東方project では、およそ人間・妖怪・妖精・亡霊、さらには神まで、みな女性像をとって描かれるのだけれど、稗田阿求のデザインというのが、これがまあ、妙にしっくりきている。

 思えば、そもそもモデルとなった稗田阿礼に女性説があったのだ。民間人的には「なんかマイルドな名前だしオンナじゃない?」みたいな感覚で女性説を唱えていたんじゃないかと勘繰ってしまうが、柳田國男先生も女性だと言っている。泣く子も黙る、柳田國男、迫力のある名前である。

 その根拠は「稗田氏が猿女君の一族である」ということにある。猿女君というのはアメノウズメを始祖とする氏族であり、古代より朝廷の祭祀に携わってきた一族である。政祭の一致することの多かった古代社会において、重要な役割を担っていたというのは想像に易いところだ。

 また、この一族のかわっているのは、おもにその役目を女性の巫女が果たしてきたことにある。ほかの祭祀氏族は男性が携わっていたが、猿女君は女性が携わっていた。稗田氏というのはその末裔であり、ゆえに稗田阿礼も女性だったのではないかと想像されている(ちょっと飛躍しているが)。

 僕も浪漫があるので女性説を支持したいけれど、当の『古事記』に「舎人(男性が務める)」と記されているので難しいところだ。もっと想像を豊かにしたら女性にすることは可能ではあるのだけれど、考えれば考えるほど、やはり男性なんじゃないかという気がするから困ったものである。

 阿礼というのは聡明な人だったそうで、抜群の記憶力があったようだ。そこで天武天皇は、阿礼に帝紀と旧辞を誦習させた。「誦習」という言葉はもう、この場面でしか使わないのではないかと思うが、どうも「節を付け、声に出して読むこと」のようである。暗誦までを意味するのかは定かではない。

 要するに、稗田阿礼は超エリートである。もちろん文字が読めた。おそらく古語、大和言葉に精通していたのだろうが、ある程度は漢文も読めただろう。しかも、記憶した。それを後になって、漢文のスペシャリストであるところの太安萬侶が改めて文字に起こした。それが古事記である。

 スリムクラブの真栄田でなくとも、「あなたたち、高い教育受けてますね」とマジレスしたくなるだろう。僕が言いたいのは、そんな高い教育を当時の女性が受けることなどできたのかということである。うーん。いや、あるいは CLAMP のように「稗田阿礼」という特務機関があったのだとしたら!

 もしかしたらワンチャンあるかもしれませんよ、これは。(続く)
 恐怖と折り合いを付けるためのこうした思考の筋道は、後年、思いもよらない仕方で僕に思い出されることになる。そして、僕の考えというのはやはり中途半端だったんだなと感じさせることになった。それは西洋思想史を勉強していた頃のこと、実にバークリ僧正を読んでいたときのことである。

 語呂が良いので、思想家は三人セットにして覚えられることが多い。例えば、ギリシャ哲学ならソクラテス・プラトン・アリストテレス、大陸合理論ならデカルト・スピノザ・ライプニッツ、数理論理学ならフレーゲ・ラッセル・ウィトゲンシュタインといった具合である。これがまた、なかなかよくできている。

 さて、バークリ僧正はロック・バークリ・ヒュームとしてイギリス経験論の系譜に数えられる。僧正と言われるように聖職者であり、「存在するとは知覚されることだ(Esse is percipi.)」というスローガンの観念論を説いたことで有名だ。正確に言うと「物質否定論」を説いた。痺れるだろう?

 これはどういうことかというと、端的に言って、「なにかが存在するのは、わたしが見ているから存在するのだ」ということである。それゆえ、「わたしが見ていないときは、なにも存在しない」ということになる。「は?」と思う人は多いだろう。延々と議論を聴き、なお、当時の人たちも「は?」と思った。

 そして、マジレスした。
「ということは、あなたが眠っているとき、世界はないんですか?」
 この煽りにバークリ僧正は動じなかった。そして、こう言った。
「その通り」
 ないのである。バークリ僧正によると、わたしが眠っているとき、世界は存在しないのである。しかし実際、世界は存在する。当たり前である。あるものをないと言う、これを虚偽という。だが、続けてバークリ僧正は言う。

「だけど、起きてる人もどこかにいるよね。だから、世界は大丈夫」
 大丈夫なのである。バークリ僧正によると、わたしは寝ているかもしれないけれど、きっと誰かが世界を知覚しているから世界は存在する。誰でもいいから一人でも世界を知覚している限り、世界は存在するのだ。だがここで、強靭な想像力を持った聴衆がやおら立ち上がり、こう尋ねる。

「ですが、世界中の人々が同時に眠ってしまったとしたら、どうですか? そういった可能性は否定できないでしょう」
 この指摘におそらくバークリ僧正はにんまりしただろう。
 そして、こう言った。
「全世界の人々が眠ってしまっても、神は世界を知覚されています」
 だから、世界は大丈夫。

 ちょっと整理してみよう。もしバークリ僧正の説いている観念論が正しいとすると、世界はわたしが寝ているときは存在していないことになる。だが、世界は存在している。どうして存在できるかというと、わたしが寝ているときも、ほかの誰かが世界を知覚しているからである。

 そう考えないとおかしなことになる。だって、わたしが寝ているとき世界は存在していないはずなのに、実際には存在できているのだから、それにはなにか理由が必要になる。どうして存在できるのか。なぜなら、わたしが寝ているときも起きている人がいるからである。

 しかしそう考えると、原理的には、世界中のあらゆる人が眠ってしまうということもありうるはずだ。そのとき、世界は存在できないだろう。だが、実際には、世界は常に存在している。どうして、ずっと存在していられるのだろう。それには、こう考えるのが妥当である。

 あらゆる生物が眠ってしまったときでも、世界を知覚しているような意識があるのだろう。では、あらゆる生物が眠ってしまっても世界を知覚しているような意識とはなにか。それは「神」と考えるしかない。要するに、根本的に世界が存在していられるのは、神がいるからである。

 そこまでに積み上げてきたロジカルな議論の帰結を、そのまま神の存在証明に繋げる僧正の手腕には脱帽せざるを得ない。たしか日本には「流石坊主」という四字熟語がなかっただろうか(たぶん、ない)。もしかすると、こういう論証こそ哲学的議論の醍醐味かもしれない。

 さて、僕がこの議論をなぞりながら思ったのは、この世界消失の危機を乗り越える過程が、僕の恐怖を克服する過程に似ているなということである。よくよく考えてみると、特にこれといって似ていないのだが、しかし、僕はこの議論を通して久しぶりに自分の子供の頃を思い出したのである。

 夜、安心して眠れなかった頃、僕は暗闇の世界に呑み込まれていた。そこには恐怖もあったが、それ以上に不安な世界だった。だから、僕は夜も起きている殊勝な人たちをそこに連れてきて、僕が独り占めしていた不安を分与して眠った。また、僕は世界の裏側を陽光で照らすこともした。

 というわけで、僕がしたことというのはおよそ世界を水平的に広げて不特定多数の誰かの視線を輸入するという作業であった。それが事実であるということより、そういう可能性が少しでもあるということがそもそも救いだったのである。だが、僕の手は僧正のように垂直には伸びなかった。

 そういう可能性があっても、それは僕の救いにはならなかったのである。どうしてだろう。これはおかしなことなのである。しかしたぶん、これは感覚的なものであって、筋の通った説明はできるかもしれないが理屈ではわからないのではないかと思う。そして、僕はそれでけっこう満足している。

 こうして、僕と暗鬼は程良い同居人となったのであった。
 しかし、僕のこの恐怖心は意外な仕方で解消されていった。ある程度成長したとき、怖さがマックスを超えて逆に馬鹿になったのである。恐怖と不安がリミッタを突破し、「どうしてこんなに怖ろしいのか!」と僕は自暴自棄になった。そして、もうどうなってもいいと感じるようになったのである。

 誰が見ても怖いような雑木林や建物などに、わざわざ夕方を選んで入っていき、じっと佇み、暗がりを見つめるというようなことを僕はした。夜になるとなにかが潜んでいそうなところを探し、なにかそこにあるはずの恐ろしいものに身を任せながら、どうしてこんなに怖いのかを考えた。

 ところが、どれだけ怖い思いをしても、自分はやはりそこにいたので、僕は暗がりの世界から日常的な世界に戻ってくることができた。この頃はもう、安心するために不安に突っ込んでいくという本末転倒な事態になっていたのである。たぶん、僕の破滅願望の根はこのあたりにあるのだろう。

 このときのこれは、いったいどういうことだったのだろう。恐怖との同一化だったのだろうか、恐怖の側にまわることで恐怖から目を逸らせていたのだろうか。あるいは、単に自分を恐怖に慣らしていたのか。いずれにせよ、僕は明るさを見てはいなかった。いつも、なにかを見ようとしていた。

 その頃、僕は怖さや痛みなどの負の感情や感覚を、とても客観的に意識するようになっていた。どうして怖いのか、どうして痛いのか、怖かったり痛かったりするのはどうして嫌なのか、それを考えた。わざと自分の指を切って「これは痛い」と確認し、「痛いのは嫌かな? 嫌だな」と確認した。

 この危険な確認はホッチキスを使い始めたときに終わりを迎える。ホッチキスを覚えた僕は、きわめて自然にそれを自分の親指にも打った。それは予想外の痛さで、小豆のような血が溢れ、そして、僕は身体に「裏切られた」と思った。これは間違いなく嫌なことで、僕はこの実験から卒業した。

 夜に安心して寝られるようになったのはもう少し成長してからである。就学する頃だろうか、自分が眠っているときでも、札幌やすすきのといったところでは誰かが働いていて明るいのだということを、僕は知った。これはとても頼もしい援軍をもらったように感じた。夜は暗闇の世界じゃなかった。

 もう少し経って、僕は地球が丸いことを知り、日本が夜のときは地球の裏側では昼なのだということを知る。夜、寝るのに怖いとき、「札幌は夜も明るい」「いまブラジルは昼」と思うと、僕は安心できた。僕を呑み込む暗闇はそうした明るさと地続きで、世界の多様さが僕の恐怖を薄めた。

 僕が寝ているときもどこかで誰かが夜の暗さを照らしているのだし、僕が夜に襲われているときもどこかで誰かが昼のなかにいるのだから、それほどその時間を恐れることはないと思うことができた。こうして、僕は「不特定の誰かを当てにする」ことで極度の恐怖心を克服していった。(続く)
 僕は子供の頃、ものすごく怖がりだった。疑心暗鬼という言葉があるけれど、まさにあの通りだったと思う。僕もやはり暗がりが怖かった、そして、曲がり角が怖かった。低学年の頃、僕はアパートメントの三階に住んでいたのだけれど、学校から帰ってきても、僕は階段を登ることができなかった。

 まずもってアパートメントの玄関に入るのが怖かった。そこにはなにかが潜んでいそうだったし、どこか違うところに繋がっているような気もした。だから僕は、ほかの住人が帰ってくるのを待って一緒に階段を登るようにしていた。しかし、ときには勇気を出して一人で登ることもあった。

 そういうときはダッシュで駆け上がるのだけれど、半階まで登って折り返すとき、その陰になにかがいそうで怖かった。僕はなにも見ないように暗がりを無視して玄関に飛び込んだ。ただ、不思議なもので、家のなかに入ってしまうと安心できたし、階段を降りることは普通にできた。

 こういう感性というのは「結界」という考え方のベースにあるのだと思う。その兼ね合いで言うと、僕は「階段」という場所がとても危険な空間だと感じていた。特に、あの近代的な縦に細長い空間を折り返して登っていく階段は怖い。省スペースかもしれないけれど、なにも防御がない。

 と思うのも、これもやはり子供の頃の体験だが、正月、階段の前に門松があるというだけで、僕は安心できたのである。いまだと放火対策等のため、階段に物を放置するのは禁じられているところが多いと思うが、昔はどこすか置いていた。縁起物の設置等にそれほどうるさくなかったのだ。

 「邪気を払う」などというと、まさかり担いだモヒカン太郎に「カルト乙」とか煽られそうだが、僕は邪気払いの気持ちはよくわかる。なにもない灰色の不安な空間に新鮮な神聖なる季節のもの(この場合、それは門松だけれど)、そういうものがあるだけでどこかホッとできたのだ。

 しかし、これは実に新鮮である必要がある。それゆえ、長持ちはしない。だから、僕は御守りを持ったりはしなかった。そういったものは気休めにしかならないし、僕は怖さから身を守るのではなく、怖さ自体を消したかったのだ。また、そういった呪物もまた、それ自体、どこか怖ろしいものだった。

 僕はこれほど怖がりだったが、頭は弱かったので、なにかにすがろう、恐怖を倒そうとは思わなかった。むしろ、どうやって我慢するか、どうやったら無視できるかということを考えていた。それはおそらく、この恐怖は物象化できず、不可避のものだと感じていたからだろう。子供のわりに慧眼だ。

 ただ、僕はカトリックの幼稚園に通っていたので、お祈りという行為は心得ていた。しかし、使うことはなかった。僕にとってはまたもそれ自体、怖い行為だった。これは別の機会に話そう。ちなみに僕のお祈りは両手を合わせて親指で十字を作り「神様・仏様・キリスト様」と念じる謎なものだった。

 暗がりが怖いということは、寝るときなど最悪だった。照明を消さないと眠れないので照明は消すが、一度目を閉じたら、もう朝になるまで二度と目を開けることはできなかった。目を開けたら、そこになにか怖ろしいものがいそうで開けることができなかったのである。

 どんなに暑い夏の夜であっても、布団から脚を出すことができなかった。なにかに掴まれそうだからである。掛け布団はいつも両目の下まで引き上げて、半ば布団に籠るようにして眠った。僕にとって、布団もまたひとつの結界であり、目蓋は僕の身を守る最後の砦だった。(続く)
 「元始、女性は実に太陽であった」と言ったのは平塚らいてうである。ときは1911年、『青鞜』の創刊号に載せられた宣言文のはじまりだ。らいてう、実に26歳であった。この一文は有名なキャッチフレーズになっているが、この文章の全体を読んだことはあるだろうか。

 折角なので是非、一度、目を通していただきたい。らいてうという人は彼女自身、時代の求めに応じた一人の天才だったのだろうが、僕はやはり、個人的にはノーサンキューといったところである。どうも自分の筆致に酔っている。しかし、その若さに任せた勢いが絶対的に必要だったのだろう。

 本人はオーギュスト・ロダンに共感して感動していたようだけれど、僕が傍から見たイメージとしてはオランプ・ド・グージュに被る。なににおいても創始者というのは別格に数えられるべきものではあるが、はっきり言って、らいてうの宣言文は「なに言ってるかわからない」の境地である。

 僕なりに簡単にまとめると「うおー! ワタシは自由だー! 止めるな! ワタシを止めるな! ていうか、来いよ! わたしはいまちょーすごい! いまから魂のステージを登るぞ! お前たちも来い! 行け行け行っちゃえ! お前も行っちゃえ! ロダンかっけー!」という感じだ。

 最初の「うおー!」の部分が「元始、女性は実に太陽であった」に相当する。この「うおー!」は本文中でもちょいちょい挿入されるので、大事な掛け声である。誰かが「先生、正直、ちょっと意味わかりません。あと、落ち着いて下さい」とマジレスしなかったのは、らいてうの人間力だろう。

 彼女は熱狂の人、内なる嵐に身を任せる人だったのだと僕は思う。これは別に平塚らいてうを馬鹿にしているわけではない。らいてうという人はこのあと晩年までいろいろある人だが、結局のところ、この「うおー!」を様々な仕方で吐き出していたんじゃないかなと思うだけである。

 さて、ところで、そもそもではあるが、「元始、女性は実に太陽であった」とはどういう意味なのだろうか。僕の知っている限り、むろん女性は人間なのであって太陽ではない。ちなみに、よくある間違いだけれども、この一文の始まりは「元始」であって「原始」ではない。

 となるとやはり、神話的なイメージが湧き上がる。すぐに思い当たるのはアマテラスだろう。だが、アマテラスは男神であるところのイザナギが禊ぎをしたときにその目から産まれているので、ちょっといまいちではないか。むしろ元始の女神なら、メジャーなところでイザナミあたりが妥当だろう。

 というかである、この文の続きを読んでみよう。

「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のやうな蒼白い顔の月である」

 読んでわかるように、「元始」と始まっているわりに、ここで扱われている日月というのはずいぶんと近代的なメタファなのである。しかも、月の扱いが酷い。その一方、このあとには国生みの神話を意識しているように思われる箇所もあり、まあ、いろいろと混乱している気配がある。

 だが、思うに、これは混乱でもなんでもないんである。要するに、このあたりは全部、らいてうが「それいいじゃん、かっけー」と思ったものを切り貼りして自分の言いたいことをまとめているだけなのだ。つまり、細かいことはいいのである。僕が「うおー!」の人だなと思うのはこういうところだ。

 ひとつひとつを精査していったらきりがないし、そういうことをすると逆によくわからないんである。言いたいことが先にあって、言いたくて言いたくて仕方ない人というのは、えてしてそういうものだ。エネルギに満ちているときというのは、よくまとまっていないものなのである。

 そして、そういう人はときにとても魅力的だ(おいおい、ちょっとうっとうしいなと思うことになるが)。「ん?」とかどこかで思ってしまったら、それはもう駄目なのである。らいてうの思う「わたしかっけー!」「これうまいよね!」が連続してぶちまけられているところに、読者はなんか感動するのだ。

 こういう「うおー!」の人が言論には必要なものである。
 中学時の体育の授業では柔道があった。高校時の体育の授業では剣道があった。体育館の奥や校舎の中二階のようなところに武道場があり、秋冷えするなか、いそいそと男子はそこで裸足になった。そう、「男子は」である。いまなら、「南無男女共修」と少しうるさいかもしれない。

 じゃあそのとき、女子はなにをしていたのだろう。何度か疑問に思ったことはあった。そして、僕はその内容を知っている。いや、違う。少なくともその言葉を聞いたことはあったというべきだろうか。というのも、実際に行われているところを見たことはないし、詳細を聞いたこともないのだ。

 男子が柔道や剣道をやっているのだから、女子は合気道? いや、護身術だろうか? いずれにせよ、肉体と精神を鍛錬する内容なのだろう。そんなことは考えていたかもしれない。しかし、武道場は使ってしまっているし、いったいなにをするのだろう。僕は興味があった。

 しかし、はっきり言って、女子たちはそれを隠していた。あの体育館の緊張感、その空間に男子という異物が一個でも入り込もうものなら殺されるのではないかという迫力があった。あの視線、あの挙動、あの連帯感、あの空気を醸成できるカリキュラムなど、そうそうあるものではない。

 ではそのとき、彼女たちはなにをしていたのか。「創作ダンス」である。女子は集団でダンスを創作していた。踊ったのだろうか。踊ったのだろう。男子が受け身や切り返しを練習しているとき、女子はダンスを創作していた。そして踊った。地獄だな、と僕は思った。まじりっけなしの異空間である。

 だが、認めなければならない。それは事実なのだ。戦慄する事実ではあるものの、女子はみな創作ダンスを踊った、それが真相である。あの女子もこの女子も、いまこのテキストを読んでいる女子も、もう女子じゃない婦人もみなダンスを創作した、そして、踊ったのだ。真面目な顔をして。

 旦那、いま、あなたの傍にいる人、踊ってますよ。
 「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」という都々逸を唄ったのは高杉晋作だと言われているが、どういう状況で唄われたのか、いまいち見当が付かない。自分のことを唄ったのなら大した猫々しさであるし、遊女の心情を唄ったのなら大した妄想力である。若いのに立派なものだ。

 三千世界というのは仏教用語で、一人の仏陀が教化できる範囲のことである。須弥山を中心とした世界が1000個集まって小千世界、小千世界が1000個集まって中千世界、中千世界が1000個集まって大千世界で、要するに10億個の世界が集まった世界が三千世界である。

 もし仮に一世界に鴉が1羽しか存在しないとしても、三千世界には10億羽の鴉がいることになる。そんなことは一言も言っていないが、勢い余って全羽殺そうということになると、一日に100羽の鴉を殺したとして約27397年かかるということになるので、なかなか骨の折れる作業である。

 しかもその鴉がヤタガラスでお馴染みの熊野大社の鴉だというから奮っている。それほどまでに朝寝したいのかとそのロマンティシズムにうっとりするものもないではないが、それよりも、仏教いわんや神道をも絡めた、なかなか学のある都々逸だということに感心する。

 一日千秋や千客万来、あるいは一事が万事など、多さを表現する諺もあるけれど、大抵は千から万が上限であって、それ以上先はない。そこのところはやはりインド、仏教の宇宙観、スケールの大きさには唸らされる。大きさ、広さ、凄さを数量的に表現しようとする辺りは科学的でもある。

 そして、彼らのスケールのインフレはそんなところでは止まらない。10億の世界などは可愛いもの、兆、京、垓と続き、10の64乗で不可思議が現れる。もう少し早めに不思議さに気付いてもよさそうなものだが、彼らはそこからさらに不思議がり、10の67乗で千不可思議に達する。

 いよいよ不思議さも窮まったところで、10の68乗は無量大数である。気持ちとしては「アレフ0」くらいの気持ちだったのかもしれないが、残念ながら無量大数の十刀流で十無量大数、十倍ジャンプして百無量大数、さらに十倍の回転を加えることで千無量大数にまで到達する。

 一見したところ、面白がってやっているようにしか思えないが、この限界の追及には感じるものもある。要するに、このような上限の探究というのは無際限の規定可能性に阻まれて、完結した上限には至れない。どこまでも有限であって、有限を延長することでは無限に至れないのである。

 西洋を見るとニコラス・クザーヌスが似たようなことを言っている。永遠に繰り返される生と死、そのなかで繰り返される苦しみから解放されること、要するに輪廻から解脱することというのは、無際限から無限へのジャンプ、有限から無限へのジャンプだったのではないかとも感じられるのだ。

 それにしても、三千世界の説明を初めて聞いた人が「つまり、3000世界じゃないってことですね?」とマジレスしなかったことは、まさに功徳の成せる業である。あるいは「それは10億100万1001世界じゃないですか」と食ってかかる人はいなかったのか。どうにもややこしい名称である。
 北海道では「ごみ捨て場」のことを「ごみステーション」という。どうしてそうなったのか謎であり、一見わけがわからないけれど、よくよく考えてみるとなかなかポジティブな名称である。まあ、999号のように、乗った客が二度と帰ってこないということだけが不憫ではある(嘘である)。

 ちなみに北海道では、いわゆる電車のことを「汽車」という。わざと古風を気取っていってるんじゃないのと思う人もいるかもしれないが、僕の知る限り、そういう意識ではないと思う。「電車」という言葉でイメージするのは「路面電車(チンチン電車)」のほうであって、「汽車」ではない。

 じゃあ、「列車」でいいじゃんと思う人もいるかもしれないが、地方では1両編成の場合も多いので、列なっていないものを「列車」というのはいかがなものか(実際には1両編成でも「単行列車」という)。そう抵抗はないかもしれないが、イメージには合わない。実際、気動車だろうし。

 まあ、そうは言っても、「汽車」という表現の情緒に惹かれて使っているという側面も多分にあると思う。うちの母方の一族はそろって開拓民で、祖父は汽車の好きな人だった(みたいだ)。汽車関係の写真や標識なんかが旧宅にはあったと思う。輪切りの線路はいまでも僕が保管している。

 やはり、そういう想い入れ補整があると、古めかしながらも「汽車」と言いたい気持ちになるのもわかる。しかしまあ、もちろん、単に「汽車」という表現が違和感を抱かれずに定着しているというだけの話でもある。これからの世代の人が、どういう言葉を使うのかはわからないが。

 宇宙飛行士や航空機乗り、その他、戦闘機や戦車など、操縦士や運転士が自分の職に高い誇りを持っているというのは知られたことだが、汽車の運転士も自分の職に対して高い誇りを持っているそうだ。特に日本の鉄道関係者はそうかもしれない。

 そうであればこそ、特急スーパーカムイの車掌さんだって、自分の黒革バッグに「超神威」と刺繍をいれようというものである(前にも書いたか)。それはさておき、僕がなんだか面白いなと思うのは、運転士さんもそうだが、ホームの駅員さんもどこか溌剌としているなと感じることである。

 汽車がホームに進入してくるときなどに「きしゃおあぁ、ほぉむにはいったられらぁ、おきをつけらっせー」みたいなことを言って、指をピッピとやる人の制服の仕立て具合や姿勢の良さ、なによりもそのどや顔が尋常ではないのだ。格好良いだろうと思う気持ちが格好良い。好きだからこそであろう。

 さて、およそ関係のないことだが、駅弁というのはどうして汽車が走り出してから食べるものなのだろうか。僕はついつい駅弁を買って汽車に乗り込むと、巣を作ったあとにすぐ手を付けてしまう。そうして汽車が走り出したあと、逆サイドの乗客が駅弁を開きだして「しまった」と思うのである。

 別に「しまった」と思うことはまったくないのだが、このやっちゃった感はいただけない。思えば、『孤独のグルメ』でお馴染みの久住昌之さんが脚本を書いていた「夜汽車の男(世にも奇妙な物語)」でも、大杉漣さんは汽車が走り出す前に駅弁を開ける乗客に心のなかで悪態を付いていた。

 やはり、それだけの理由があると思われる。僕が想像するに、おそらく駅弁とは「ただの弁当」ではないのである。駅弁によって味わわれるものは味ではなく、旅なのである。ただ腹が膨れたらよいというものではない。ゆえに汽車が走り出す前に食べるのは邪道である。おにぎりでつなごう。

 あろうことか、僕はそのとき、コーラを買っていた。よりによって、コーラ! 弾ける甘い水である。やはりそこはお茶を買うべきだった。僕はお茶を買う習慣がないが、このときばかりはお茶について考察した。彼らの存在意義は冷たくても温かくても、ましてや、ぬるくても美味しく飲めることだ。

 こんな飲み物は、そうそうない。よくよく考えてみてほしい。そんな飲み物は、まあ、ないのである。僕はこれからもお茶を買うことはあまりないと思うが、お茶を見直したことは確かだ。自分たちがそこまで期待されていないことをよくわかっていて逆手に取っているとも言える。長旅に最適なのだ。

 汽車での一人旅で弾けている場合ではない。お茶を買おう。
 僕は公務員の子供なので、小さい頃から転勤族として北海道中をうろうろとしていた。もちろん住まいは公務員宿舎だから、それはもう、いまから思うと酷い有様だった。なにから指摘したらよいのか迷うが、要するにコンクリートの塊である。薄暗い灰色の空間、それが公務員宿舎だ。

 いちおう具体的なことも添えると、ぼっとんトイレと裸電球は標準装備、天井の板の染みが顔に見えるのは御愛嬌である。そういった原体験があるというのもあってか、僕は一般的に辛いといわれる住環境にかなり強い。もともと僕の満足や幸福の閾値が異常に低いというのもあるだろう。

 そんなわけで、僕が最近まで住んでいたところも平屋の 3LDK で家賃は 7500円だったし、その前に住んでいたところは木造二階建ての 3LK で家賃は 7000円だった。虫との戦い、寒さとの戦いは苛烈だが、まあ、これはこれでと思えるのは我ながら有難いものだと思う。

 田舎にはそんな公務員宿舎がごろごろしており、住環境が整っていないから男性はさておき、女性がやってこない。女性は自分より若い家としか寝ないものだ、どうにかしたほうが良いだろう。北海道事情を言うと、僕の経験上、住居に関してはやはり道である。道営の住宅のほうが良い。

 水洗トイレなどはまあ、ないが、場合によっては簡易水洗だったりすることはある。シャワーもあるだろうし、白い壁紙やフローリングなんかも期待していいだろう。その代り、畑は少し狭いかもしれない。もっとも僕の基準がそもそもおかしいだろうから、話半分にしてもらいたい。

 そんなわけで、まあ、公務員はみな、精神を病みながら過労死したらよいと思う。それはさておき、国家公務員宿舎問題が話題になっているようだ。どうして「公務員宿舎」と言わずに「国家公務員宿舎」と表記しているのか不思議だったが、テレビニュースを見て理解した。

 1LDK か 3LDK か忘れてしまったが、そこに住む公務員は近所の人が 11-12万円の家賃を払っているような環境のなか、5万円の家賃で住めているということだった。それに不公平感を抱いている人が多いという演出で、どうやらそれが無駄遣いだという主張らしい。

 僕はそのことに関して特に意見を持たないが、そもそもの家賃の高さには驚かされる。まずもって10万円を超える家賃というのが東京のおかしさを表現している。家賃ほど馬鹿馬鹿しいものはない。しかしまあ、そんなところで寝る国家公務員だからこそ、攻撃の対象にもなろうというものだ。

 地方公務員宿舎であったら、破格の安さであっても、そうそう文句は言われない。「あんなところに安全な土地あったんだ」みたいなところにある、「あれ、人住めるの?」みたいなものに帰っているのだから(実際、廃屋になっているものもある)、不憫さに免じて許してもらえるというわけだ。

 田舎の宿舎は家賃が1万円を超えると「高級住宅」と呼ばれる。
 古い LEGO ブロックを片付けようといろいろ容器を探していたんだけれど、最終的にダイソーで売っているセクションケースに辿りついた。これは感動的な手頃さで、売切れる前に15分割セクションケースを7個大人買いしておいた。本来の用途はなんなのか、謎の便利さである。

 細々とした部品をそれにまとめ、大きなブロックと板のブロックはそれぞれ食パン保存用のケースに分けてしまった。書類保存用のものも含め、ダイソーのプラスチックケースは便利だと思う。たぶん、これまでに2-30個は買っているだろう。

 食品保存用に使うのはちょっとどうかと僕は感じるけれど、サイズが豊富にあるので工夫次第である。ちなみにファイル類も便利で、とりわけクリアポケットファイルはダイソーが幅を利かせるようになってから全般的に安価になった。以前は500円とかする商品がざらにあったように思う。

 そんなこんなで、容器探しの旅の途中、トイザらスにも立ち寄った。僕はおもちゃ屋を散策するのが好きなんだけれど、これは子供の頃、あまりおもちゃを与えられた実感がないからだろうか。子供の頃にこんなおもちゃ屋に連れてこられていたら、もう、どうしていいかわからなかっただろう。

 僕のイメージするおもちゃ屋というと、駄菓子屋的なものか専門店的なもので、どうも子供の頃から僕には縁遠いものだという印象だった。だからかどうだか、明るい印象もない。むしろ、どこか悪徳の気配すら感じていたかもしれない。

 そこは七夕と遠足準備の時以外は行っちゃ駄目な場所で、ビックリマンチョコを箱買いするようなブルジョアの金銭感覚に違和感を覚える場所でもあった。ときはファミコン全盛期、うちにもあったとは思うが、それにしたってメインの遊びはイキシ(カタキ)などのボール遊びと木登りだった。

 恋愛というものが恋に恋することのできる選ばれし者にのみ与えられる幸運であるような気がしてしまうのと同じようにして、玩具というものは遊びに遊ぶことのできる選ばれし者にのみ与えられる幸運であるような気がしていた。そして、僕は早々に、そういう舞台からは降りていたと思う。

 要するに、あまり頭がよくなかったのだろう。おもちゃを使った遊びは想像力が必要だし、なにより、そのおもちゃが価値のあるもので、それを持っている自分は凄いということを理解する脳みそが必要だった。残念ながら、僕にそれはなかった。とりあえず考える前に走っていた。馬鹿である。

 だからだろうか、僕は他の子のおもちゃを羨ましいと思うこともなかった。むしろ、そうしたさまざまなおもちゃを所持することが怖かった。たぶん、僕は他の子が持っているようなおもちゃを与えられても、どうしたらよいのかわからなかったと思う。ちょっと心配な子供である。

 ここには圧倒的な「子供騙され力」不足がある。折角、大人が大真面目に子供を騙しにきているのに、当の子供のほうに騙されるだけの余地がない。これは大人にとっても子供にとっても不幸なことだ。もっと幼少の頃から騙されていたら、僕の騙され力も増していたのではないかと思う。

 僕が思うに、子供の騙され力が足りないと、例えば、「誕生日は素敵な日だ」ということを感じられなかったり、「贈り物に感激する」ことができなかったり、「遊園地を楽しむ」ことができない人間になってしまうだろう。子供を子供扱いするのもどうかと思うが、大人扱いするのも考えものである。

 そうしたわけで、紆余曲折の末、僕は無難にちょっと心配な大人にクラスチェンジしたわけである。昨今は知育玩具に興味があって、かなりの数を持っているのだけれど、はたして知育玩具はおもちゃかと問われると、いささか疑問に思わないこともない。これは食器や家具に近い気もする。

 あるいは、あれはどうだろう、アンパンマン。大人になると特に意識を払わないけれど、おもちゃ屋に行ってよくよく見てみるとアンパンマンの息の長さには驚かされる。おそらく、アンパンマンに日本語の読み書きを教わった子供は相当数いるはずだ。みんなの夢を守るどころの騒ぎではない。

 対抗馬のドラえもんやトーマスも奮闘してはいるけれど、やはりアンパンマンには敵わない。穴馬としてはキティちゃんもいるが、彼女は喋らないので分が悪い。プリキュアに至ってはまあ、色物だろう。結局、学習という子供の孤独な戦いを愛と勇気のみで支えるアンパンマンが優勝である。

 優勝、アンパンマン! アンパンマンが優勝です!!
 以前、たしか映画「崖の上のポニョ」が公開された直後、宮崎駿さんがとあるテレビ番組のちょっとしたインタビューを受けていた。レポータがその番組のマスコットを横に置いて挨拶をすると、宮崎監督はおもむろにそのマスコットを手に取り、「これはもっと目を離したほうが可愛い」と言った。

 監督はたしか「目を離したほうが間の抜けた感じになって可愛い。それがいまの流行り」というようなことを言っていたと思う。イメージとしては「たれぱんだ」がド直球だろう。なるほど、と納得できた。似たようなことを動物行動学者のコンラット・ローレンツが1943年に言っている。

 1. 大きな頭
 2. 丸い頬
 3. 目が離れている
 4. 顔のパーツが下のほうにある
 5. ずんぐりむっくりした体型

 こういった特徴を備えていると保護本能が働いちゃうんだぜ、とローレンツは言った。どうして保護本能が働くのかというと「めろめろになってしまうから」であり、どうしてめろめろになってしまうかというと「可愛いから」だろう。これを「ベビースキーマ」という。赤ちゃんは可愛いのである。

 ニワトリよりヒヨコのほうが可愛いし、カエルよりもオタマジャクシのほうが可愛いし、メキシコサラマンダーだってウーパールーパーのままのほうが可愛いのである。さらに言うと、成犬よりも幼犬のほうが可愛く、成猫も幼猫も可愛い猫という存在は神に愛された奇跡的生物ということなのだ。

 しかし、それにしたって、ネコはどうしてあれほど愛らしいのか。まして、あの精悍な顔立ち。毛並みも良い。それに加えて、あろうことか鳴き声が「にゃあ」である。かなり可愛さを追及しているとみられる。もうちょっと言わせてもらうなら、ネコはもう、骨格がすでに可愛い。

 見たことのない人は一度、ネコの骨格標本を見ていただきたい。S字の背骨ライン、下半身の丸みから内股気味のしなやかそうな後ろ脚、そしてアーモンド型の頭骨、これは可愛かったなと思わさってしまう。また、猫の頭骨は成長しても変化しない。これも成猫の可愛さの理由だろう。

 イヌとネコの祖先は同じで「ミアキス」というが、イヌがその後、さまざまに特殊化し、特殊化させられたのに対し、ネコはその後、ほとんど変化していないと言われている。進化の最初のあたりで「あ、わたしネコだわ」と思ったミトコンドリア・イヴはかなり素敵な思い違いをしたとみられる。

 ネコになろうと思ったミアキスの生存戦略には脱帽せざるを得ない。
 「ルール」というのは便利な日本語だ。もし「ルール」という言葉がなかったら、ゲームのルールを説明するときに「このゲームの規則はね」みたいな表現を使わないといけないし、なにかしらのルールを破ったときも「それは規定違反だよ」みたいな表現を使わないといけない。

 いや、あるいは「ルール」という言葉がなかったら、むしろ、そうした説明的な言語表現は減っていたかもしれない。つまり、身振りを交えて「これはこうしてこうするの」とか、相手に渋い顔をして「それ、ずるい」みたいなことを言うのである。そこはまあ、阿吽のアレということでひとつ、みたいな。

 堅苦しい表現を使うよりは、非言語的な要素を増やしてコミュニケーションをマイルドにしていたんじゃないかなというほうが想像しやすい。そうした進化を遂げていたら、主語や目的語など飾りであり、むしろ、言語など装飾であるということを日本人は偉い人に証明していたことだろう。

 そんなわけで近頃、自動車を頻繁に運転するようになったわけなんだけれど、法定速度とはいったいなんだったのか。哲学思考トレーニングの課題だろうか。あ、あと、バック時の速度を制限する機能はオプションであってもいいと思う(ベタ踏みしても 5km/h しかでないみたいな)。

 ときどき話題にされるもので、「ルール」と「マナー」と「モラル」の違いというものがあるけれど、それはさておき、「交通規則」と「交通ルール」という表現の違いが曖昧で迷っている。規則は法規とイコールだと思うのだけれど、じゃあ、ルールもイコールなのか。

 これはニュアンスの差であって「違いなどない」というのがストレートな回答だけれど、僕個人としては、「交通規則」に「交通マナー」を足したものが「交通ルール」ということになっているのではないかと想像している。正しい運転をして、人に迷惑をかけない、これがルールを守っている状態だ。

 なるほど、これはまあ、わかる。しかし、困ったことに、法定速度を守って正しい運転をしていると、周りの車に迷惑をかけてしまうことがある。なんか、この車だけ遅いぞ、というわけである。さあ、じゃあ、こういう立場に自分が置かれたとき、はたしてどういう選択をすることが正しいだろうか。

 そこに正義はあるのか、君はジャスティスかと、地球を悪の組織から防衛するヒーローのようなことを訊いているわけだけれど、どうだろうか。正しいかどうか、である。これには困ってしまう人が多いと思う。実際、これはわりと深いところにまでいってしまう話題であるだろう。

 ただ、僕ははっきり言って、こう思う。それは正義の問題なのか。日本語だからそう感じるというところはあると思うけれど、「正義」と言われるとピンとこない。一周まわって、形式的で、型に嵌められた、レールに乗せられた感じがしてしまう。歳をとるとスれるということである。

 むしろ、法治を軽んじるわけではまったくないけれど、日本には「ものの道理」というものがある。まずもって遵法精神的なものは法規ではなく、道理から生じているのではないかと思う。だから、「それは道理に適っているか」と問いかけたとしたら、もう少し意見は割れるだろう。

 法定速度を場合によっては順守しないということは「正しいことか」「良いことか」と言われると「そんなことはない」ということになるが、「理に適っているか」と言われると「そういうこともある」と言いたい気持ちになる。

 まさに道の理。正義を問われても腑に落ちないというところはある。
 午後9時12分、雪下都市直上、コンベンションセンターのエントランスフロアにあるソファに腰かけながら、松来は悩んでいた。

「忘れているのか忘れていないのか、それが問題だ」
 松来は一分間だけ悩もうと決めていた。それだけ悩めば、もう帰ったっていいだろう。どうせ帰るために悩んでいるのだから、時間の長短は関係ない。少しの間、ここに座り、ちょっと疲れた自分の様子が誰かの瞳に映ればそれでいい。

 もし、そのほんの少しの迷っている時間に自分の行動を変更するだけのイベントが起こったなら、それに従うというのもやぶさかじゃない。それはそれで迷っているふりをした甲斐もあるというものだ。

「人は忘れていることはできても、忘れることはできない」
 松来は誰ともなしに言う。
 数か月続いた緊張の糸も解け、疲労が身体中にまわりだしていた。

 松来は息をふうと吐き出す。さっきから、ハーネスの左腹のポーチに収まっている携帯電話がバイブレーションしていた。罪悪感の種が松来のなかでささやかにうごめく。それが止まると、次はその隣のポーチに収まっている携帯電話が不機嫌そうにバイブレーションを始めた。

「ふり。気付かないふり、忘れているふり。ふりとふりでないものを、人はどうやって見分けるのだろう」
 松来は哲学者然とした口調で言う。しかし、不本意ながら松来は哲学者ではなかったし、そのふりをすることもできなかった。人はいったい、どうやったら哲学者になれるのだろう。誰かが「なにかになる」というのはどういうことだろうか。そのふりをすることと真正のそれであるということは、いったいどうやったら区別できるのか。

「いや、そのために人は確認し、認定し、定位する、自覚は名前のあとにある。ただ、それにしたって、人間というのは忘れやすい。忘れたときのために連絡を取ろうとする人物がいるにもかかわらず、その連絡にすら気付かないということがあるありさま。まったく困ったものだが、はたして、それは罪だろうか、あぁあ」
 携帯電話のバイブレーションが止まった。

 松来は恐れる。右腹のポーチに収められたイリジウム携帯電話が鳴りだしたらどうしよう、それどころか足許に置かれた小型無線機に連絡がきたらどうしたらいいのか。松来はいくつか言い訳を考え始めようとしたが、そろそろ一分経ったような気がしたので帰ろうと決意する。

「先輩!」
 会議室のほうから声をかけられたような気がした。知っている声だったけれど、彼女にとっての先輩はたくさんいるに違いないし、自分は先輩という人間でもなかったので松来は無視を決め込む。

「先輩! マツライさん!」
 声をかけてきた女性、笹見は松来に近寄るとソファの前で仁王立ちした。

「待っててっていったじゃないですか」
「忘れてた」
 松来は言う。
 自分はいろいろなことを忘れるし、忘れているのだ。

「それはそれとして、これ、どうぞ」
 笹見は携帯電話を松来に差し出した。
 でろ、ということらしい。
「誰?」
「竹成さんです」
 笹見は驚いたという感じに言う。
 めったにかかってこない人物からかかってきたという感じだ。
「どうして?」
 松来は訊き返す。
 このやりとりもおそらく電話の向こうの人物に聞こえているだろう。
「知りません」
「でなきゃダメ?」
 松来は笹見を見上げ、声を潜めて言う。
「あたしが怒られます」
 笹見は眉間に皺を寄せ、哀しそうに言った。
 そのあと、この言い方では通じないかもしれないと思ったのか、
「マツライさんも怒られます、たぶん」
 と言い足した。

 松来は覚悟を決めて笹見の携帯電話を受け取る。
「こんばんは、松来です」
『お疲れさま、大変だったね』
 受話口から竹成の、まるで労わっているような言葉が聞こえてきた。
「本当にもう、疲れましたよ。もはや歩けないかもしれません」
『そうか。しかし、そこで寝るわけにもいかないだろう』
 竹成はなんとも冷静に受け答えする。
 松来はこういうタイプの人間をもっとも苦手としていた。

「笹見さん!」
 そのとき、会議室のほうからもう一人、大男が駆け寄ってきた。目の前で仁王立ちしている笹見に向かって突進してくると直立姿勢で立ち止まる。北方観測隊の第二分隊長、頼りになる漢、冬季遊撃レンジャーの範田だ。大袈裟な言い方ではなく、松来は今回の行軍視察において、二度、この範田に生命を救われていた。しかし、作戦行動中の毅然とした態度とはうってかわって、範田はいま、笹見に対する好意を最大限に表現しようとあたふたと不器用にもがいていた。

「いやあ、本当に御苦労様でした。視察も楽じゃなかったでしょう、とにかく寒かった。ほとんど演習に近いものだったと自分は思っています。訓練のときから笹見さんは素晴らしく優秀でしたが、行動中も見事だったと思います」
「ええ」
 笹見は引き攣った笑みを浮かべながら、ちらちらと松来を見る。助けを求めているのか、この状況をどう判断するのかを窺っているのかのどちらかだろう。もともと気が強いからそうやって気の弱いふりをするのだろうと松来は思う。
 じとっと眼球だけ持ち上げて笹見と目を合わせると、松来は黙って笹見から視線を逸らした。

「それでなんですが、このあと、どうですか。いえ、お疲れのこととは思いますが、隊の連中も少し気をほぐしてから帰るのが何名かいますし、もしよろしければ、ご一緒していただけると連中も気が紛れるといいますか、喜ぶといいますか、ようするに士気が高まるわけでして」
 よくわからない誘い方だ。
「ええ」
 笹見のうろたえる様子を感じながら、松来は竹成との会話を続けた。

「そうですね、そんなみっともない真似はできませんね」
 松来は心もち声を張って応対する。
『そうだ、今日は宿舎に帰ってゆっくり休んだほうがいい』
「はい、僕もそう思います。今夜はもう、このまま帰ってグッスリ」
 松来は口先に希望を滲ませる。

『うん、約束通り、知事のところに寄ったら、そのまま休暇をとるといい』
 中盤を強調して、竹成が言う。
「そうですよね」
 松来は肩を落とす。今日中にもう一仕事だ。
 それにしても、なにを子供みたいなことを自分はしているのだろう。
『忘れていたらいけないと思って、いちおう連絡させてもらった』
「ありがとうございます」
 白々しいやりとりだったが、竹成には有無を言わせぬ迫力があった。

『私もすぐに行くから、待っててくれ』
「はあ、なるほど。わかりました」
 松来は「はい」とは答えない。竹成に捕まったら、そのあとどのくらい拘束されるかわかったものではない。竹成の「言っていることはわかった」という意味合いで「わかりました」とだけ返事をする。まさか竹成も本当に自分が待っているとは思っていないだろうと決めてかかる。竹成からもそれ以上、言質をとるような追求はなかった。

『そのあたりに範田さんもいるんだろう?』
「ええ、いますよ」
 松来は答える。
 さっき笹見にかけた声が聞こえていたのだろう。
『コンベンションセンターからエレベータで「マンション」に降りてきてもらえるよう伝えてくれ。15階のA号談話室にいる』
「結婚相談ですか?」
 目の前で繰り広げられている男女の攻防をみながら松来は言う。

『ん? なにを言っているのかわからないな』
 それもそうだ。
「失礼しました。アポイントメントは?」
『今日とは言っていないが、わかるはずだ』
 あるのかないのか。
「ご自分から伝えたほうが確実じゃないですか」
『いや、二度手間だ。君から伝えてくれ』
「範田さんも疲れてますよ、いまからは難しいと思いますけど」
『今日じゃなきゃだめなんだ』
 竹成がきっぱりと言い切った。

『君にも言うぞ。今日じゃなきゃだめだ』
 それだけ言って、竹成は携帯電話を切った。
 松来はガックリと肩を落とす。誰かに「どうしたんですか、ここにガックリと肩が落ちていますよ」と落ちた肩を拾ってほしかったが、唯一、そんなことを言いそうな人物はいま、目の前でプロポーズされていた。

「範田さん」
 松来は声をかけるが、範田はまったく気付かなかった。
 もしかしたら、そもそも範田の目に松来は映っていないのかもしれない。
「範田さん」
 松来がもう一度、声をかける。
 気付いたのは笹見だった。

「どうしたんですか、松来さん? 範田さんに重要な連絡ですね」
 笹見のその言いように松来は苦笑しそうになる。
「まあ、そうだな」
 松来が言うと、範田は露骨にぶすっとした表情になった。
「なんだ?」
 声色まで違う。
「竹成さんから連絡です。コンベンションセンターからエレベータを使ってマンションに降りるようにとのことです。15階のA号談話室だそうです」
 松来は余計なことを言わずに報告する。
 範田は口端を歪めて、斜め上を見上げた。

「これからか」
「これから、現時点からです」
 かわいそうに。
「今日じゃなきゃだめだそうです」
 松来は付け足した。
「把握した」
 残念な気持ちを打ち消すように範田は了承した。

「範田さん、これから御用事ですか。残念ですね」
 笹見が言う。
 どうしてそういうことを言うのか、松来には理解できない。
「はい」
 範田は神妙に頷いた。
「竹成さんを待たせるわけにもいきませんので、お話の続きはまた」
 そして、範田はガックリと肩を落とした。
「範田さん、ここにガックリと肩が落ちてますよ、ほら」
 松来は床から透明の肩を持ち上げ、範田に渡そうとする。
 範田は忌々しそうに松来の手を叩いた。冗談の通じない男だ。

「ええ、本当に残念ですけど、またの機会を楽しみにしています」
 笹見がしれっと言う。恐ろしい女だ。
 しかし、その言葉に範田は救われたような笑みを浮かべた。
「ええ、またの機会に連絡させていただきます」
「は、はい」
 笹見は少し怯みながら、にこやかに頷いた。
「それでは、失礼します」
 範田は笹見に一礼する。

「それと松来」
 松来は急に範田に声をかけられ、背筋が伸びる。
「お前はもう、二度と行軍視察に参加するなよ」
「はあ、その節はお世話になりました」
 松来は間の抜けた返事をする。

「ちなみにお聞きしたいんですが、これからの会合はシークレットですか」
 松来は何気ない口調を装って尋ねる。
 もちろん、竹成と範田が会うことについてだ。
「言いふらすような真似は常識としてやめてもらいたいが、その必要を求められる状況に陥ったなら話してもらってかまわん」
 範田は真面目な表情で答えた。
「そんな恐いこと言わないでくださいよ」

「べつに防衛機密を漏らしたり、守秘義務規定に違反するようなことをしたりしようとしているわけじゃない。なにが機密にあたるのかの指示も受けていないしな。おそらく基本的にはデータベースに記録されていることについて少し詳細に訊かれるだけだろう」
「そうですね」
 今夜だけ通用するロジックだなと松来は思う。

「それにお前、竹成さんに会うように命じたのは他ならぬ、お前だぞ」
「は?」
「だから、俺はお前に言われたから、これから竹成さんに会うんだ。竹成さんは違うのか?」
 範田は目を細めて、うっすらと笑った。
「いえ、これは竹成さんからの指示ですよ」
 松来は内心、やられたと思う。
「俺にはわからん」
「まあ・・・そうかもしれませんね」
 厄介なことにならないよう、松来は漠然と祈る。
 不思議と、祈る対象を自覚せずとも祈ることはできてしまうものだ。おそらく、明確な行為が伴っていないからだろう。厳密には「念じる」といわれるものに近い行為のはずだ。しかし、祈れているのかいないのかなどということに松来は興味がない。ただなんとなく、「ああ、やだやだ」と思っただけだ。

「それでは、笹見さん、今回は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
 範田はそれだけ言うと足早に会議室に消えた。
 松来は範田の背中を見送ると笹見に振り向く。
「いま喋っていたこと、わかるな」
「ええ、先輩もよくよく巻き込まれやすいたちですね」
 笹見が他人事のように言った。
「なに言ってるんだ、お前」
 松来は呆れた表情で笹見を見る。
「はい?」
「これはお前のケータイだぞ」
 笹見に携帯電話を差し出す。
「え・・・」

「記録に残るのはお前のケータイだ、ご愁傷様」
「えぇえ!?」
 笹見があわあわと慌てる。
「ど、どうしてあたしのケータイ使うんですか!?」
「おちつけよ」
 松来は携帯電話を笹見に差し出したまま言った。
 腕が疲れるから早く受け取ってほしい。
「あ、そういえば」
 笹見が胸の前でパンと両手を合わせて、花が開くみたいに指を広げた。
「あたしのケータイ、盗難にあってるんです。届出しないと」

「いや、冗談でもやめろよ」
 松来は即座に釘を刺す。
「そんなことして、まかりまちがって通信記録でも調べられてみろ、お前から足がついたらただじゃすまないからな」
 松来に言われてその通りだと思ったのか、笹見は愕然とした表情をする。胸元の花がゆっくりと萎んでいった。
「な、なんでそんなことするんですか! 鬼か悪魔の仕業ですか!?」
「天狗の仕業だな」
 実際には竹成の仕業だ。竹成が鬼で悪魔で天狗だったとしたら二人とも大正解ということになるが、正解だろうと不正解だろうと松来たちの置かれた状況に変わりはない。不正解だったとしても、異形のものしかしそうにないことを人間にされたという顛末に空恐ろしさを感じるだけだ。

「おい、受け取れよ」
「もう・・・それ、あげます」
 べそをかいている笹見の手を掴み、松来は携帯電話を握らせる。
「なに言ってんだお前、それがないと範田さんからの連絡を受けられないだろ。あんなに残念がってたのに」
 松来がふざけた口調で冷やかすと、
「やきもちですか?」
 と言って、笹見が涙目を輝かせながら口角を持ち上げた顔をする。それと同時に、笹見の手のなかの携帯電話は力一杯握りしめられてミシミシと音を立てていた。いろいろな感情が混ざりすぎていて、もうわけがわからなくなっている。
「笑顔が引き攣ってんだよ、お前。ほんとにおっかねえオンナだな」
 松来は強い口調で言いながらも「すみませんでした」というポーズをしながら笹見に頭を下げた。
 午後11時12分、執務室のドアはノックされた。

「どうぞ」
 応接用のソファに座っていた梅永はふかしていた葉巻を左手に持ち替えながら応じた。天井の照明は消されており、ソファの脇に置かれた蓄電式のスタンドライトだけがぼんやりと部屋をオレンジ色に染めていた。

「失礼します」
 落ち着き払った声とともに長身の男が一人、部屋に入る。
「遅くなりました」
 秘書の竹成はドアを閉めると知事に会釈した。朝から動きまわっていたはずなのだが、スーツや頭髪に乱れはなく、疲れをうかがわせない。ほっそりしている見かけとは裏腹にタフさを感じさせた。その身なりと言動から「固い」と評されることの多い竹成だったが、梅永はむしろ「飄々としている」と思うことが多かった。いずれにせよ、使える男ではある。

「いや、こちらから頼んでいたことだからね」
 梅永は葉巻を右手に持ち替え、左手で竹成にソファを勧めた。
「まあ、正直、少々、待ちくたびれてはいたことは否定できないが」
 梅永がおどけた調子で言うと、
「申し訳ありませんでした」
 竹成は梅永の言葉尻を食い気味に言った。コートハンガーに上着とマフラー、そしてヘルメットをかけると、竹成はソファに歩み寄る。

「外は寒かったろう」
 場を和ませるために梅永は当たり前のことを訊いた。
「ふぶいていたので地下搬送路を使わせていただきました」
 この場合の地下搬送路というのは、地下鉄網や民生の地下通路ではなく、重要施設間を地下で結んでいる特別経路だ。物資の搬送のほか、要人の避難、及び、緊急時のバンカーとしても使われる。
「地下だって寒い」
「はい、なので、搬送車を一台借り、ここまで乗ってきました」
 竹成はしれっと言う。
「君もなかなか大胆なことをするね」
 梅永は笑った。
「お待たせしてはいけないと思いまして」

 竹成はソファに腰かけ、黒革のブリーフケースを足許に置いた。直線的なデザインの眼鏡のレンズがときおり白い光を反射する。竹成の眼鏡が汚れているのを梅永は見たことがない。
 無駄のない所作で話す準備を整える無表情の竹成を見ながら、「まったく固い男だな」と梅永は思った。

「暗いですね」
 竹成がスタンドライトに視線をやる。
「必要かい?」
 梅永は天井を指差しながら言う。別に電源が落ちているわけではなく、スタンドライトを使用しているのは梅永の趣味だといえた。節電にもなる。
「いえ、十分です」
 竹成は言う。そして、ブリーフケースからダブルクリップでまとめられた紙束を3冊取り出し、テーブルの上に置いた。

「提出される資料はすべてコピーしてきたので、明日にでも目を通してください。言うまでもありませんが、取り扱いは慎重にお願いいたします」
「もちろん」
 梅永は頷いた。提出される資料とは、今夕、北方観測隊が持ち帰ったものだ。おそらく環境省を経由して、明日には首相のデスクに置かれるだろう。その資料を竹成に入手してもらっていたのだ。どのような手段を使ったのかはわからないが、市ヶ谷に入る前にデータの受け渡しがあったのではないかと梅永は推測する。

「また、数名の隊員から話を訊いてきました」
「それは御苦労だったね」
 梅永は「それで遅かったのか」と思う。
「明日以降ですと情報に欠落が生じる可能性がありますから」
「なかなか良い表現だ」
 梅永はにやりと笑う。
 竹成が続けて話をしようとしたので、梅永はそれを片手で制した。

「なにか飲まないか」
 梅永はふかしていた葉巻を灰皿で潰し、立ち上がりながら言う。
「なにかといっても、水かバーボンかバーボンの水割りの三択しかないが」
 梅永は竹成にちらと視線をやって肩を竦めた。竹成は「正確には水のバーボン割りを含めた四択だな」と頭の片隅で思ったが、口には出さなかった。当たり前である。
「ここで、ですか?」
 竹成は周囲を見回して「いかがなものか」というジェスチャをする。冷静になって考えると現在のこの部屋ほどアルコールを飲むのに適した環境はないような気もしたが、紛いなりにも「執務室」と名の付けられた部屋でアルコールを摂取することには抵抗があった。もっともな反応だろう。

「強要はしないよ。別の場所に移ってもいいが、いまとなってはあまり意味のない行為だと私は思うね」
 梅永はデスクの下からバーボンの瓶とグラスを取り出した。
「これからここに人がいらっしゃる予定は?」
「夜の11時に? わたしは健全な知事だよ」
 梅永はグラスにバーボンを注ぐ。
 健全な知事は執務室で酒を飲んだりはしない。
「明日のご予定は?」
「それは重要な質問だ」
 梅永はグラスを持ち上げながら、竹成を見た。
「飲みながら話そう」
 一口飲む。
「じゃあ、ストレートでお願いします」
 竹成は笑みを浮かべて言った。

「いけるじゃないか」
 梅永は嬉しくなる。
「氷はないが、ミストにしたかったらいまのうちにそとから雪玉を持ってきたらいい」
 子どもみたいにうきうきした口調だった。
 竹成は「雪は汚いだろう」と思ったが、もちろん、口には出さなかった。
「4センチくらいでいいかな。だいたい、半分だ」
 梅永はグラスにアルコールを注ぎながら言う。
「4センチ?」
 竹成は量を長さで示されたので驚いた。
「重さでいったほうがいいかな? 私が若いころはシングルのことをワンフィンガーといったが、指の太さは人それぞれだし、どの指を使うかでも異なる。バーテンダーが赤ん坊だったら絶望的だ」

「シングルは1オンスです」
 竹成が指摘する。
「オンスという単位がそもそもわからないじゃないか、日本人には馴染みがない。アメリカ人とイギリス人以外はきっと、みんなそう言う」
 梅永が楽しそうに言い返した。
「1オンスは約30ミリリットルですね」
「君は30ミリリットルの酒を想像できるかい。どういう器に想像する? 私は若いころにシングルのロックを頼んで、その少なさに驚いたものだよ。馬鹿にしているのかと思って続けざまに飲み干し、そして、悪酔いした。私には多かったんだ。物事を見た目で判断してはいけないということを、私は人間よりもさきに酒から学んだね」

 梅永はグラスを持ち上げて、竹成に見せた。
「このグラス」
「オールド・ファッションドですね」
 竹成は答える。
「まあ、ちょっとした柄は付いているが、国内では標準的な単なる8オンス・タンブラーだよ。その名の通り、だいたい240ミリリットルの容積がある。4センチだとだいたい半分、つまり、120ミリリットルだ」
 梅永は言いながら、両手にグラスを持ってソファに戻った。
「君、体重は70キロくらいだろう? 身長は180センチくらいかな」
「ええ、だいたい、そのくらいです」
 竹成は頷く。
 梅永はソファに座ると、グラスをテーブルに置いた。

「ということは、君が平均的な酒の飲める日本人だと仮定して、1時間あたりに7グラムかもうちょっとのアルコールを分解する能力を有していることになる。もっとも、モンゴロイドは統計上、約50パーセントは下戸なんだが」
 梅永は竹成の前にグラスを進めた。
「そのバーボンは50度だから、概算して60グラムはアルコールだと思っていい。君がそれを飲み干したとして、分解し終わるのは約9時間後だ」
 梅永は自分のグラスに口を付ける。
「いただきます」
 竹成もグラスを手に取り、一口飲む。こういった計算は自分もよくするところのものだったが、梅永の語り口は手品の種明かしを聞いているように興味深いものだった。酒が手品だとしたら、アルコールはその仕掛けに値するだろう。トロイの木馬のようなものである。

「要するに、だ」
 梅永はじっと竹成を見据えた。
「急にですまないが、君には明朝10時、北海道に行ってもらいたい」
「了解しました」
 竹成は梅永の視線の重圧を逸らすように簡単に首肯した。
 途中から、こういった展開になるような気はしていた。
 慣れっこなのだ。
「ハシシュの件ですか」
「それもある」
 近年、雪下都市では出所不明の大麻が横行しだしており、それに伴う風紀の乱れが問題視され、治安の悪化も懸念されていた。最初は個人による栽培だろうと都市内部の調査が進められていたが、次第に外部からのものであることがわかり、特設警備による内偵が進められていた。企業都市群からの搬送物を臨検しても結果は出なかったので、梅永は自衛隊の関与まで疑っていた。

「松来と会ったんですね? 彼には待っているように言ったんですが」
 松来とは北方観測隊に従軍していた都職員だ。竹成が47歳なのに対し、松来は37歳で一回りほどの歳の差しかなかったが、竹成は初めて松来に会ったとき、リクルート中の学生と間違った。竹成が老成しているということもあったが、松来は年を経ても溌剌とした若さを維持していた。
「そそくさと帰ったよ。彼は面白いね」
「変わった男です」
 竹成は眉を顰めながら言う。

「ただ、見てきてほしいのは、それだけじゃない」
 梅永はグラスを持つ右手の人差し指を立てた。
「さきにルートを教えてもらっていいですか」
 竹成はすでに具体的な行程と手段を検討し始めていた。
「まず、旭川に入ってほしい。そこから稚内に行き、旭川に戻ったあと、帯広、根室は見てきてもらいたいね。期間は君に任せるが、一ヶ月はかかりすぎだ」
「はい」
「表向きの名目は自然エネルギー資源の活用方法の視察にしてある。実際、それはそれで気になる情報だ。予定外の動きをことさら隠す必要はないが、その分、十分な警護体制はとれないだろうから身の安全には気を付けるように」
「わかりました」
 たしかに、身内も疑いながらの視察ということになると、ちょっと危ない橋を渡らなければならない場面は想定しうる。直接的な危害は加えられなかったとしても、移動の際にほんのちょっと燃料や食料が「不足」しただけで「遭難」しかねない。

「それと、マツライ君によるとオロロンラインの風車群の一部、特に北部のものが凍結し始めているそうだ」
 松来は「マツキ」と読むが、松木という職員がほかにいたので、梅永は松来のことを「マツライ」と呼んでいた。
「風力ベースの町から難民が発生する可能性がある」
「ええ、そうですね」
 竹成もそのことは知っていた。
「第2師団も地上難民の武装化を警戒しているようです」
「あのあたりはもともとロシアや半島からの難民が多いからな」
 梅永は苦笑して言う。
「ただ、武装化もさることながら、その武装がどこからやってくるのかが問題だ。君にはハシシュやハードドラッグのこともだが、そういった一連の北方の動きについても情報をまとめてきてもらいたい」
 竹成は黙って頷いた。

「はっきりいうと、ドラッグよりも、それを捌ける集団の組織、その規模、目的、ネットワーク、流通経路、そして、今後の展開が問題だ。他愛のない集団ならいいが、まかり間違って、もしいま東京に武器でも持ち込まれたらひとたまりもないからね」
 梅永はバーボンを飲み干し、ソファから立ち上がる。
「むろん、防衛省や他の職員にも働いてもらっているが、私は確度の高い情報と信頼できる分析が独自に欲しい。自衛隊の嵯峨さんには話を通してあるから、なにかあったら便宜を図ってもらうといい。期待している」
「心得ました」
 竹成は再三、頷いた。

「さて、事務的な連絡も終わったところで、私はもう一杯もらおう」
 梅永はグラスにバーボンを注いだ。
 竹成は「事務連絡ではないな」と思ったが、口には出さなかった。
「そろそろ君の話を聞きたいね」
「はあ」
 話すべきことは複数あったはずだが、竹成は明日以降の計画に気を取られていた。なんとなしに間の抜けた返事をしたことに竹成は「しまった」と思うが、頭のなかのホワイトボードに覆いを被せることにも手間取ってしまう。少し酔いがまわってきたのかもしれない。竹成はブリーフケースから手帳を取り出そうとする。
「ああ、そうだ」
 梅永が楽しいことを思い出したみたいに声を上げた。
 竹成は嫌な予感がした。
 梅永と関わって、こういうときにろくなことが起きたためしがない。

「酒のツマミがなかったね、ちょうどいいのがあるんだ」
 そう言って、梅永はデスクから白い皿を持ってソファに戻ってくる。梅永のグラスには竹成のグラスに残っているのとほぼ同量のバーボンが注がれていた。梅永はテーブルの上に皿を置くと「まあ、食べなさい」と言った。皿の上には緑色のブロックとスナックが乗っていた。
「こちらはクロレラブロックですね。わたしも以前、試供にもらったことがあります」
 竹成は緑のブロックを指差しながら言った。
「へえ、そんなことがあったのか。私は知らなかった」
 梅永は少し驚いた。食糧の検討は竹成ともしていたが、こういったものがあることは聞いていなかった。

「ただ、そのときにもらったものとは多少、違うようですね」
「いくつかのフレーバーがあるそうだ」
「どうされたんですか、これは?」
「ああ、マツライ君からもらったんだよ」
 梅永は緑色のスナックをひとかけら口に運ぶ。
「君も食べてみたらどうだい」
 梅永に促されて、竹成はスナックを食べる。
「やや青臭いものの塩味が効いていますね」
「これはまだ試作段階の貴重品だそうだ」
 梅永は手に取ったスナックをしげしげと眺めると皿に戻した。

「クロレラも検討しているんですか?」
 竹成は訊いた。もちろん「食糧として」ということだ。
「あ、それ、クロレラじゃないよ」
 梅永は笑いを噛み殺しながら言う。
「え? 違うんですか」
 竹成はもう一度スナックを口に運び、よく味わう。
 ブロックと同様に、スナックも当然、クロレラだと思っていた。
「それはね、ユーグレナだよ、ユーグレナ、知らない?」
「知りませんね」
 竹成は右に5度、首を傾げる。
「ミドリムシ」
 梅永はにたりとした笑みを浮かべた。
 竹成は食べていたスナックを吹き出し、咳き込んだ。

「君ぃ、それが食べられないようじゃ、これからの時代、生きていけないぞ」
 梅永は竹成の様子を見ながら、グラスに口を付けた。
「なんといっても、森の女神が作ったらしいからな」
「なんですって?」
 竹成はむせながら訊き返した。
 非現実的な発言だ。立場的には危険と言ってもいい。
 梅永の発言の意図を把握しておく必要性を竹成は感じた。
「マツライ君によると実在するらしい」
 梅永はおどけた口調で言う。
「森の女神が、ですか?」
 竹成はグラスに残っていたバーボンを一気に飲み干す。
「そう。森といっても、地名の森だが」
 どうやら冗談を言っていることはわかった。
「北海道の人間なら、誰でも知っているそうだ」

 まさか。竹成は半信半疑だった。冗談なのはわかったとしても、それほど北海道の人間に慕われている人物であれば、自分の耳に入らないわけがない。竹成は少なからず自分の情報網に自信を持っていたが、少なくとも「森の女神」について竹成の人脈から漏れ伝わってくるものはなかった。あまり信憑性も重要性もあるような情報ではないのだろうが、しかし、なんとも松来らしい情報だと竹成は思った。おそらく、情報に対するアプローチに差があるのだ。

「気になるようなら寄ってきたらどうだい」
 梅永は言う。
「森ですか、たしか地熱ベースの町ですね」
 確認はするものの竹成にその気はない。
「私も実在する女神に会ってみたいものだね」
「はあ」
 竹成は溜息を吐いた。

 というのも、巧妙に隠しているつもりではあったが、竹成は大の虫嫌いだった。もはや遺伝子に組み込まれているのではないかと思われるような生理的なおぞましさを感じるのだ。実体は無論のこと嫌いだったが、すでに「ムシ」という語感だけで脳の末端が痺れる程度にはアンタッチャブルだった。

 竹成にとって、クロレラはぎりぎり植物サイドだがミドリムシはきっぱり動物サイド、クロレラは緑藻だがミドリムシは原生動物だ。もちろん、ミドリムシが虫ではないことはわかってはいたものの、その名に「ムシ」を宿している以上、それに拒否感を抱かないことは竹成には不可能だった。

 どのように高貴な人物がいるのか知らないが、竹成にとってミドリムシを培養するに飽き足らず、それを人間に食べさせようとするような人物が女神であるはずはない。むしろ、ダークサイドの住人に違いないだろう。いうなれば、魔女である。グツグツと蟲の沸き立つ大釜から緑色のスナックを取り出している女性の高笑いが竹成の脳裏に響き渡った。

 その想像のバカバカしさとおぞましさに竹成は頭を抱えた。
 ふぶきはメーラのアカウントをオフィシャルなものに切り替え、ネットラジオのウィンドウを閉じた。

「同志の方々、か・・・どういうことなんだろ」
 ふぶきは自分に尋ねるようにひとりごちる。そして、隣のPCに向き直るとDII(防衛情報通信基盤)にアクセスした。まずは公表されている補給・配給のラインを確認する。市ヶ谷からは東京湾の雪下都市と基地周辺の企業タウン、そして原発のある茅ヶ崎ベースに物資の供給があった。地上の個別共同体への直接的なサプライはない。

「三鷹、三鷹・・・と」
 ふぶきはついで、クローズドなネットワークにアクセスする。ふぶきのパスでどこまで照会できるか心配だったが、地上共同体の分布は確認できた。千駄ヶ谷に三つ、調布に二つ、赤いポイントがあった。三鷹は記録されていない。少なくとも、隊からの配給は受けていないようだった。どうやって生活物資を工面しているのだろう。

「大丈夫だろうか」
 ふぶきは溜息を吐いた。

「ふぶきー」
 そのとき、リビングのほうから声がした。
「はーい」
 それが誰なのかはすぐにわかった。
 ドアのない部屋の入口に向かって、ふぶきは返事をする。
「おーい」
 さっきより近い。
「ちょっと待っててー」
 ふぶきはDIIからログアウトする。

「んー、あっ、こっちかー」
 直線的な声がした。近い。
「そうそう、でも、サクラ、ストップだからね、ここ入っちゃダメなところだから」
 ふぶきは書いていたソースをEmacsでコンパイルすると、テキストをpdfで出力した。
「わかってる」

 ふぶきがちらっと入口を見ると、お盆をもった白衣の女性がにこっと笑った。サクラは半分がジャパニーズ、残りがアメリカンとスパニッシュのミックスで、一見地味そうに見えて、よく見ると可愛さと綺麗さをあわせもった美人だった。頭脳はハイスペックで、人格は穏やか。こういう女性が最強だとふぶきは常々思っている。

「なにしてたの?」
 サクラが言う。
「ネットラジオを聴いてたんだよ」
 印刷機が黒い文字の書かれた白い紙を吐き出す。
「八雲ですか? それとも大湊?」
「いや、空自でも海自でもなくて、民間の」
 状況報告とは違うんだなと言いながら、ふぶきは原稿に目を通す。
 ミスプリントはないようだ。

「民間の!?」
 急にサクラが語気を荒げたので、ふぶきは驚いて顔を上げた。
「電力の無駄です」
「怒った顔も美人だなあ」
 ふぶきが言うと、サクラは頬を膨らませた。
「まあまあまあ」
 ふぶきは立ち上がり、椅子の背もたれから白衣をとって着る。

「サクラの言うことはもっともだけど、なにか理由があるんだろうし、
 これはこれで、わたしは大切なことだと思うよ」
「けど・・・」
 サクラは憮然とした表情をする。
「それに、けっこう、癒されるんだよ」
 ふぶきはサクラにウィンクすると、原稿を黒いファイルに挟み、PCの脇に置いてあったイリジウム携帯電話をもって部屋を出た。

*    *    *

 ふぶきとサクラが出逢ったのは、いまから13年前だった。当時、ふぶきはH大の極地研のドクター1年目で、複数企業・大学との国際的な共同研究のために十勝に新設されたセンターに出向していた。彼女のテーマは地熱エネルギーを効率的に活用したモデルタウン構想についてだった。

 一方のサクラはK大の分生研のドクター1回生で、アメリカのバークリに留学していたところを、教官だった教授に付き添って日本に舞い戻り、その研究室ごと十勝のセンターに出向していた。そこにはK大の研究員も来ており、3ヵ月前の涙の別れをサクラは呪った。彼女のテーマは高効率クロレラの培養、及び、光合成の促進についてだった。

 そこでの生活は3年にわたったのだが、どちらかというと、ふぶきとサクラは助手としての働きが多く、のんびりできる時間もそれなりにあった。そして、あっという間に知己になった二人は、3年目になるころには共同研究者として複数のペーパーを書いていた。その最終的な成果が、いま二人の居住する森町地熱ベース、通称「吹雪研」に結実していた。

 二人が出逢った年はマクロスケールの急激な気候変動、異常事象が確認され始めてから7年目だった。地表の年平均気温は毎年1度低下していたので、当時、すでに7度も低下していた。植生、及び、生物の生活圏も大変動をきたしており、社会的にも政治的にも巷間はすでに慢性的なパニックに陥り始めていた。移民が大規模に発生し、極点に近いところから軍事的に南下を始める国々が現れたのもこの頃からだっただろう。エネルギー資源の奪い合いで紛争も多発していた。

 しかし、そうした社会情勢のなか、彼女たちは比較的に穏やかな生活を送れていた。よくもわるくも研究者だったということかもしれないが、彼女たちの周りには、研究者を除けば、自衛官しかいなかったというのも原因かもしれない。それはもう、民間人から見ても、ただならぬ規律の正しさだった。そして、食糧や情報も必要十分に得ることができていた。

 また、北方警戒のためにO駐屯地の第5旅団も張りつめた状況にあったに違いないのに、研究センターの警備にあたっていた後方支援隊は彼女たちにフランクに接してくれていた。ふぶきの観察によると、とくにサクラへのアプローチは苛烈をきわめ、数少ないチャンスを慎ましやか、かつ、猛烈に生かしたアタックが繰り広げられていた。

 3年後、サクラを含む一行を八雲の基地に送り届けたときなど、ヘリコプター部隊は彼女がヘリに乗るときと降りるときに二度泣いた。ふぶきたちには敬礼だけした。

 ある日、ふぶきが気紛れにその時期のことを尋ねると、
「ぜんぜん知らなかった」
 サクラは口元を両手で押さえ、目をまんまるにさせて、そう言った。
「魔女か、きさま・・・」

 それから、13年。日本の年平均気温は毎年1度低下し続け、異常の始まりから20度低下していた。来年には東京の年平均気温は0度を下回り、夏季の最高気温でも10度を超えることはなくなるだろう。つまり、ツンドラ化するということだ。

 また、極付近の氷床化が進み、海水準は100メートルから200メートル降下した。日本列島も大陸棚がまるまる露出するようになっていた。要するに、いま、地球はとっても寒かった。世界有数の火山地帯である日本はまだ恵まれているという者もいたが、このまま気温が下がり続けることを想像すると、この状況を楽観視できる人類はまずいないだろう。

 生き残る術を見つけ出さなければならないのだ。

*    *    *

「ふぶき、今日、食べてないでしょ」
 サクラは持っていたお盆をテーブルに置いた。お盆には白いお皿の上にクロレラブロックとジャーキー、そして、朱色の茶托の上に湯呑が乗っていた。中身は水だろう。

「ありがと」
 そう言うと、ふぶきはソファに身を投げた。グゥウっと体全体を伸ばし、ウァアっと息を吐く。そして、そのまま腕を横にずらしてファイルとケータイをテーブルの上に置いた。

「今夜は通信障害が発生しているみたいだよ」
 サクラが言う。
「磁気嵐警報は?」
「ありません」
「そう。まあ、あさってには太陽が見えるらしいし、その影響かな」

 ふぶきはクッションに顔を埋めたまま言う。太陽が見えると障害が発生する根拠はとくになかった。サクラは非科学的な発言だなと思ったが、それを言葉にするほどの確たる根拠もなかったので黙っていた。大気科学は専門じゃない。サクラは静かにオットマンをテーブルの脇に寄せ、それに座った。ソファの対面には一人がけのソファがあったのだが、できるだけふぶきの傍に座りたかったのだ。

「あー、サクラがいると安心するなあ」
 ふぶきが言う。
「うれしい」
 サクラは律儀にも頬を赤らめた。
「よし、食べよう」
「え」
 サクラの身体がビクッと反応した。

「ん、どうしたの、これ食べていいんだよね?」
 ふぶきはソファに座り直し、テーブルの上のお皿を指差す。
「あ、ああ・・・そう、もちろん」
 サクラは少し残念だったが、気を取り直してふぶきに微笑んだ。
「ありがと」
 ふぶきはクロレラブロックを口にする。

「ん?」
 もぐもぐと咀嚼する。
「んんん?」
 久々に味わった感覚だった。
「なにこれ、やたらおいしいんだけど? なんていうの、柔らかい」
 ふぶきはサクラに視線を送る。
「いまどき高濃縮のスティック食べてるのはふぶきくらいだよ」
「え、そうなの」
 いつも食べているのは生のゴボウかニンジンのような食感だった。栄養効率はそちらのほうがいいはずだったが、たしかに味気はなかった。

「町の人たちはこっち」
「へえ、すごいなあ」
「でしょ」
 サクラは誇らしげに言う。
「こういう加工って難しいんじゃないの?」
「ちょっとね。でも、町の人たちも応援してくれるから」
 そっかと言って、ふぶきは二本目のブロックをかじった。

「そっちはエゾシカの燻製?」
「そう、おじさんたちがハントしてくれたの。燻製器もわたし用のを作ってくれたんだよ」
 おじさんと言っても、この町には予備自衛官とその家族しかいない。地熱発電所と関連施設も彼らが警備している。猟銃を所持している人もいるだろうが、まさかハチキューでハントしたんじゃないだろうなと、ふぶきは心配になる。食糧不足のこんな時代だ、サクラのためならやりかねない。あとで始末書を覗いてみよう。

 ふぶきは「なるほど」とだけ返答して、今度は湯呑を手に取った。
「うわ、なにこれ、ジャスミン・ティ?」
 さっきから驚きっぱなしだ。
「ううん、香料だけ」
「あるの?」
「この前、八雲のカンファレンスに出たとき、
 北方観測隊に従軍していたサーチャの人にもらったんだ」
 サクラはにっこり笑った。
「きみはほんとに女神だな」
 ふぶきはハァアアアッと長い息を吐いた。
 嫉妬する気にもならないほど、サクラは愛されている。

「これ、明日の婦人部会でもだそうよ。用意できる?」
 ふぶきはジャスミン・ティ風ウォータをごくごくと飲み干す。
「大丈夫だと思う」
 サクラは少し口を尖らせて答えた。
 本当はふぶきのためだけに用意したものだった。

「そこで好評だったら、来週のブリーフィングにもだそう」
「え」
 サクラの顔が強張った。
「だめかな」
「オトコのひとたちは、どうかな?」
 首を傾げる。
「だから、明日、奥様方にだすのさ。たぶん、家で話してくれる」
「そうかなあ」
 サクラは正直、嫌だった。

「そしてさ、そこでもオッケーだったら、次の視察のときにもだそうよ。これは売れる」
 ふぶきは右手の親指と人差し指を輪にして、サクラに向かって満面の笑みを浮かべた。ふぶきはサクラを褒めたつもりだった。
「もう!」
 ふぶきのその表情を見て、サクラは顔を両手で覆った。
「え、えっ?」
「わたしはいやです、反対ですから!」
 サクラは顔を覆ったまま言う。
「え、あの・・・あれ?」
 ふぶきはたじろいだ。どうしてサクラが怒っているのか、まるで理解できなかった。ただ、女神を怒らせてしまったということは、なにか人間である自分に非があるのだろうとふぶきは思った。

「なんか、うん・・・そうだね、ちょっと早かったかもしれない」
 ふぶきはこくこくと何度も頷いた。
「そうです!」
 サクラはまだ興奮していた。
「さっきのはなし、なしだから。明日の婦人部会だけにしよう、ね?」
 ふぶきは両手を広げて腕を伸ばし、なしのポーズをする。
「はい!」
 サクラはひときわ大きな声で言った。
 ふぶきは天井を見上げて、頭をグルグルと回した。

「あの・・・サクラ、ごめんね」
 ふぶきの右手がサクラに向かってふよふよと泳ぐ。
 触っていいものかどうなのか、判断に迷った。
「わたし、ちょっと、わかんなくて・・・だから、ごめんね」
 ふぶきはサクラの顔を覗き込む。
「ふぶき、今日はもう、仕事ないんでしょう?」
 サクラが言う。
「ない、ないよ」
「わたし、今夜、こっちで寝るから」
 サクラが指の隙間からふぶきを見ながら言った。

「うん、うん、一緒に寝よう。ね?」
 ふぶきはここぞとばかりにご機嫌をとる。
 子どもをあやしているみたいだった。
「ほんと?」
「ほんとほんと」
 ふぶきはサクラと視線を合わせて、何度も頷く。
「わかった」
 そう言うと、サクラは両手を下ろして、にっこり微笑んだ。
 そこには女神がいた。
 ふぶきは心底、ホッとして、微笑み返した。

「じゃあ、温泉、見てくるね」
 すっかり立ち直ったサクラは、パタパタと奥の部屋へと消えた。
「ありがとー」
 サクラの背中に声をかけ、ふぶきはソファに突っ伏した。
 クッションに顔を埋め、溜め息を吐き出す。

「つかれた・・・」
 まだ少し、胸がどきどきしていた。
 肺を空っぽにすると、干し大根みたいに全身が脱力する。

「・・・・・・」
 けれど、これはきっと幸せなことなんだろうなと、ふぶきは思う。

「ふぁあ」
 欠伸をする。気持ちいい。
 そして、もう一度、空気を思いきり吸い込んだ。
 ゆっくりと吐き出す。しっかり吐かないと、しっかり吸えない。

「・・・・・・」
 ただ、ふぶきはこうも思うのだった。
 来年も、こうしてサクラと一緒にいられるだろうか。
 いつまでこうやって、安心して疲れ切ってしまうことができるだろう。

「ああ、だめだめ」
 ふぶきは自分の顔をクッションに押し付ける。
 そのまま顔を拭う。化粧はしていないので汚れる心配はない。
 けれど、自分の弱気がまだ、顔の周辺に残っているような気がした。

「こういうときは、えぇっと」
 ふぶきは仰向けになる。
 乱れた髪を整えると、見慣れた天井に両手を伸ばした。

「ま、いっか」
 ふぶきは落ち込みそうな思考をシャットアウトした。

 それに、そう、
 今夜は女神と一緒なのだ、なにも恐れることはあるまい。